necox

柳は緑、花は紅

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今の会社にお盆休みはないから、ごく普通に会社行ってたんだけど、ものすごく長く辛い4日間だった。夜はとにかく早く寝ることだけを考えて、「明日やろう」って寝るのに、朝は朝で全然疲れが取れておらず、ぎりぎりに会社行って。

今日はとうとう心もくたびれてしまったのか、帰りは鬱状態そのものだった。それでも、一瞬鬱に振れても、振り子みたいに戻ってくるだけの慣性が今の私にはあったみたい。あと1日。明日は明日で、今の会社で初めての飲み会というものにチャレンジするので・・・・・・ものすごく億劫、だけど、その場に行けばなんとかなると思ってる。(そういう風に、「過去」の後悔や「未来」の不安を「今」から切り離すのはうまくなったと思う。実は今週末は実家に行くんだけど、それもほとんど考えてない。)



今日、一時的に鬱に行ってしまったきっかけは、昨日から今日にかけて自分の”人間関係スキルの無さ”を実感したことかもしれない。今週、お盆気分の力も借りて、結構世間話に参加できた。すると、今まで気づかなかった視点も生まれる。

いま、ニンゲンたちはもう、一方的に怖いだけのものじゃなくなった。「怖い」はわたしの心が作りだすもの。たとえば、自分が傷つけられた!という一見一方的な状況も、元々の原因は私にあったりする。わたしのある時点の行動が、巡り巡ってわたしの思いを作ってる。すべては自分のせい。

話がずれたけど、みんな楽しくやってるように見えて、誰もがもう蜘蛛の巣みたいに網の目(network)を張り巡らして、相互に影響しあいながら、個々人がダイナミックに変化を続けていく、それが「生きる」ってことだと気づいた。わたしは、その「人間関係」って表現される、相互に絡み合ったねばねばしたまとわりつきが、汚らしく、泥臭く、得体が知れず、空恐ろしく、鬱陶しくてしょうがないんだ!!(初めて、この感覚を言葉にすることができた!一言で言うなら、人間関係は私にとってブラックボックスだ。)

今救いなのは、FESのシューティングスターとかフォーンリリーっていう概念を知っていること。上に書いたようなことを思うたびに、こんなことを思ってちゃいけないって自分を否定してたけど、あ、またシューティングスターが出てる、とか突き放すと、そういう自分も認められる。

これがわたしなんだからしょうがない、今は。
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