necox

柳は緑、花は紅

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にんにく超たっぷりのリゾットを作って食べた。食べてる途中、、心の奥から感謝みたいな思いがわき出して、涙が出てきた。ネガティブな気分がフーッと自分から離れていったような気がする。

いくら簡素でも、手作りのものを食べることで、ムードを変えられる。

食べてて分かったこと。結局、私はいまだに死に憧れている天寿を全うして、あの世の人々やガイド達に祝福されながら迎え入れられるその時のことを夢見て暮らしている。それでいて「人が怖くない自分になりたい」が夢だって?この世にいたくない私が、なんでこの世での幸せを願っているのかな?しかも自分のことしか考えてない。

本気で楽になりたいなら、この世での自分の幸せ(利益的なもの)を放棄する覚悟が必要な気がする。私利私欲から発するものは何も望まないと。

人を怖がっているヒマがあったら、
・・・・・・一体何をすればいいんだ?
(なにもしたくないよ、死んで楽になりたいよ、という声が聞こえる。
でも、実際、自殺しても楽にならないらしいんだよね。)


以下2006/12/23 補足:
「死に憧れている」という表現は許せない、というご指摘をいただきました。この表現が、いじめなどで苦しんで、でも必死で生きてる、でも逃げたい、という若い命を持っている方などの目に触れたら、死に逃げこむ人が出てくるだろう、という指摘です。確かに、そのように誤解される方がいらっしゃるかもしれませんので、私がこの記事で言いたかったことを、もう少し補足します。



生きることが苦しい方へ

生きるのがつらいですか?
苦しいですか?
死にたいですか?
死んだら楽になる、と思いますか?

あなたが、自分に与えられた人生を、あらゆる苦難に耐えて、生き抜いて、寿命をまっとうして死んだのなら、痛みも苦しみもない美しい世界へと行けるでしょう。(死んで楽になる、というのはそういう意味です。)

でも、もしあなたが、自殺することで、生きる苦しみから逃れられると思ったら、大間違いです。断言します。自殺してもあなたの苦しみはなくなりません。無駄死にです。死とは無になることではありません。もし自殺したら、あなたは今の苦しみの渦中でずっと苦しみ続けるのです。

自分には生きる価値がない、と思いますか?
生き抜くことに価値があるんです。まわりがどんなひどいことをしようと言おうと、あなたがまわりにどんな迷惑をかけようと、どんな辱めを受けようと、生きることに価値があります。

どんなにぶざまでも、ただ生きていればいいのです。

ただ生きていれば、いつか、「今」の苦しみは過去のものになります。「今」があまりに辛くて、死に憧れる気持ち、分かります。でも、自殺の先に待っている世界は、あなたが想像するような楽なものじゃありません。自殺は、「今」の苦しみに留まることを選ぶようなものです。

恥ずかしいこと、辛いこと、苦しいこと、人に迷惑をかけるようなことばかりでも、ただ生きていることに価値があるんです。

だから、私も、ただ生きています。
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