necox

柳は緑、花は紅

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軽鬱+躁的焦りをどうにかしたいの続き。

アロマ(ラベンダーとイランイラン)+ヒーリング音楽+窓を開けて外の空気を入れる+深呼吸+グラウンディング・・・・

のおかげで、本を読めるくらいの落ち着きは取り戻した。で、しばらく、今すぐ人生を変える簡単な六つの方法 ( レバナ・シェル ブドラ )を読み直しているうちに気づいた。今あるこの不安・緊張・落ち着きのなさの根源は「変化への恐れ」だということに!!

変化への恐れ

これからの課題は、はっきりしたのだ。
・今までの「恐れ」にもとづく行動パターンを変えたい。「恐れ」を捨てたい。
・仕事をもち、人と関わる中でこそ、そのように自分を変えることができるだろう。当然、今のひきこもり状態から飛び出さなければならない。。。。。

そこまではっきり理解した今出てきたのが、変わることへの「恐れ」。。。。。。ほんっとに無限ループだな、と思う。

(でも誰でもそうなんじゃないか?病気がもうすぐ治りますよって言われて、嬉しい反面、元の生活に戻る恐れは、きっと誰しも持つものだと思う。)

仕事への関わり方への迷い

同時に、グラウンディング(地に足をつけること)の重要性にも気づかされた。最近スピリチュアルなシグナルをあちこちで受け取っていたので、かる~く舞い上がり気味だった。現実の生活をおろそかにして、スピリチュアルなことにばかりかまけていても、問題は解決しないままに、現実ばなれするだけだ。やはり「今を生きていく」のが一番大切なこと。

そのためには仕事を探し、面接に通り、仕事に就くのが不可欠だと、分かってはいるんだけど・・・そこにまだ迷いがある。私は以前仕事をしているとき、仕事が自分の中心であり、すべてであり、人生の目的だと思っていた。実際にやってる仕事は下っ端の単調作業だったけど、いつか極めて一流になって、高収入を得られるようになったら、幸福になれるんだって信じてた。仕事を取り除いたところの「自分」に存在価値を認めてなかった。

でも、スピリチュアルな学びをする中で、仕事(や社会の中の何らかの役割)に依存する幸せ観の不健全さに気づいてしまった。仕事はしたいと思う。お金を稼ぐために仕事はきちんとする、でもそれを自分の中心にはしない、という感覚がいまいち想像できない。。。。。。私は何を理想とすればいいのか?

仕事と自分の位置関係について、考え抜くことが、今の自分のテーマかな。

ただ泳ぐ金魚


こうして日がな一日ただただ泳いでる金魚を見ていると、「生きているだけで価値がある」ってことが素直に納得できる気がする。でも自分が「生きているだけで価値がある」って思うのは難しい。

こうやって文章を書いたりはできるけど、まだ、寂しさみたいな変なイライラ感が消えない。毛布に体をこすりつけると、少しおさまる。結局、「満たされなさ」を感じてるんだと思う。

「愛」が自分の中から出てこない。「愛」がほしい。これだけ、スピリチュアルな本を読んでおきながら、「愛」を外から取ってくるものだと、いまだに思ってるらしい。ま、急には変われないよね。
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