necox

柳は緑、花は紅

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いままでいかにイチかゼロかの思考に囚われていたかを、この頃ひしひしと感じる。

元彼と別れてから2ヶ月とちょっと経った。今まで私が男の人と付き合うっていうことは、私のドロドロの心の奥底のヘドロをも飲ませ、受け入れさせることだった。そして得た上澄みだけを、その他大勢の人たちに見せた。

最近、さみしさ、孤独感を強く感じる。それは、以前に作っていたような関係を取り戻したいというのではなく、まだ知らない、けれど心のどこかでは知っているはずの、人と温かくつながる感覚へ焦がれる気持ち。

濃いつながりを作るためにヘドロを飲ませ、他の人とつながらないために泥の存在を完全に隠蔽するっていうことをずっとやってた私は、今、人とつながりたくて、自分の「濁り」を少しずつ周りの人々に見せるようになった。一つ一つ、反応を確かめる。ここまでなら、飲んでもらえる?ここまでは・・・?

そして、特に好きな人にたくさん見せたくなってしまう。自分の弱い面、ダメな面を。

今好きな人は、本当に受け止めるのが上手で、、、、、、彼氏以外の人に自己開示して拒絶されない、という初めての経験が嬉しくて。。。。。。でも同時に「それ以上は関わりません」っていう壁もはっきり示されていて、どうしてここまで受け入れてくれるのに、ここからはダメなのか、、、、、、(それはもちろん恋愛感情がないからなんだけど)そんなグレーな状況を作り出すのが初めての私には耐え難い苦痛に感じてしまう。

その人は、私を(ありのままをかなり出してるにもかかわらず)嫌ってはいないように思える(ものすごい演技派だったら話は別だけど)。なのに恋愛感情はない、っていう状態が、私にはまだよく理解できない。

愛には2つあるのかな?パートナーとの愛と、パートナー以外の人との愛と。私は後者の経験がまったくなくて、その2つの何が違うのかわからない。パートナーとはエッチするというだけ?

それにしても、わたしは、他の人の濁りをまだ飲めないというのにこんなこと悩んでしまう。まあそれはそれとして、人の話に耳を傾け、ジャッジせずにそのまま受け入れる訓練に励もうと思う。
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