necox

柳は緑、花は紅

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最近気になる言葉: 鏡、リフレクション、インタラクション(相互作用)、コントラスト

4/6に少し暗い記事を書いた(地盤 )。これ書いたときはほとんど混乱状態だったんだけど、今思うのは、こういう感情の激しい「揺れ」こそが成長のために重要なんじゃないかってこと。前に進むには刺激が必要。

そのあと自分でもいろいろ分析して一体何に反応して落ち込んだのかたくさん原因のかけらはみつけたんだけど、次の日にTwitterでとある人からいただいたDMがヒントになった。今おそらく核心に近いと思うのは「合わない」ということ。

彼と性格合わないんだよね。いくら好きでも。逆に言えばここまで合わないのになぜいまだに憧れていられるのか不思議なんだけど。恋ってそういうものなのかな。今まで経験がないので、自分の心の動きが自分でも不思議。(今までずっと自分の心と対話してきたけれど、最近理解不能な動きをするので毎日面白い。)



私が会話が苦手な理由のひとつに、「違う」こと、「分からない」ことへの根深い恐れがあると思う。違っていること=間違ってること、いけないこと、として受け止めてしまってその違いに耐えられない・・・。だからゆっくり耳を傾けたり、相手に目をやることが苦手なのかもしれない。私の理解を超えることが提示されると固まってしまう。自分が分かる範囲に相手を限定したがる、決めつけたがる・・・自分がされて一番嫌だったことのはずなのにね。

今わたしに与えられている課題、というかチャンスは、違いを受け入れる、ってことだと思う。本当は辛い学びになるところだけど、自分と全然違う人をなぜか好きになっちゃうことで、ラクラク乗り越えちゃおうっていう、無意識の私の粋なはからいなのかもしれない。

実際、その人が好きでしょうがないから、知らず知らずのうちに、その人の口癖や態度を真似しちゃってるみたいなんだよね。時々気づいてハッとすることがある。ああ、私は一人で存在してるんじゃないんだな、って思う。私は人から影響を受けてるし、たぶん私も人に影響を与えながら生きている。生きているってことは、周りの人に許されてる、受け入れられてるってことなんだ。今も、今までも、これからも。
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