necox

柳は緑、花は紅

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自分の内にあった孤独感を認識し、人とつながりたい、と強く思うようになった一方で、私はひとりじゃないんだ!と確信するようにもなった。怪しいこと書くけど、上からのサポートが半端じゃない。特に、日常的に祈るようになってから。

以前の私は、スピリチュアルなことに興味がありつつも、どこか斜に構えてるところがあった(ドリーン・バーチューさんへの疑問(2006.12.19)の記事とか)。その記事の最近のコメント返しにも書いたけど、心身が弱っているときは依存しやすくなるから、スピリチュアル系の手段に安易に頼るのは危険なことが多い。そういう弱った人を依存させよう、頼らせようと、あの手この手でスピリチュアル「もどき」を語る輩が多いのは事実。だから、その警戒心はその頃の私には妥当で、必要なものだった。

でも、ルイーズさんに出会って、自己肯定のアファーメーションをひたすらやる中で、私は情報の真偽を見分ける自分の目を信じられるようになった。危険な情報なら、絶対に私の直感がNGを出すって。

気になったものはとにかくやってみた。もちろんいまいちってこともあったけれど、やってみて良かったことの方がずっと多い。やって良かったならば、教えてくれてありがとう!直感信じて良かった!って喜んだ。それ繰り返してたら、どんどん直感がいい方に当たるようになっていった。最近はすべて「なんとなく」こう思うほうに舵を切っておけば間違いないんじゃないの?っていうくらい。

私はこうしたい(これがほしい)!それに対してサポートしてください!って天にお願いしておくと、いろんな形で答えがやってくる。もう日常に起こることすべてがメッセージ、という状態。普段はそんな習慣ないんだけど、なぜか今ラジオをつけたいぞ、って思ってつけると、悩んでたことへの答えが言われてるとか、、、、、、そういうことが当たり前になってきてる。iPodも最近は完全にメッセージを受け取るためのツールと化してる。今必要なメッセージをくださいって念じながら一振りする(シャッフル起動)と、神がかり選曲開始~みたいな。

そうなると、完全に肉体としての自分自身の力を超えているな・・・・・・と思わざるをえないわけです。

ここでもポイントは感謝みたいで、必要なメッセージが来た!って思ったら、天にいっぱいありがとうって言う。最初はバカバカしいと思ってたけど、感謝するのってそれ自体気持ちがいいことで、そうすることで自分が嬉しくなるし、そうするともっといいことが起こるような気がするから。(あ、これもなんとなく、だ。)そして、いただいたサインをちゃんと実行に移す!今やってることは、その繰り返し。
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