necox

柳は緑、花は紅

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・何を言っていいかわからないので、適当なことを顔色を伺いながら言う
・それを笑ってごまかす
・軽視してもいい人だという印象を与える
・実際に軽く扱われる

だってそうだよ、軽く扱われないと居心地悪いんだもの。きちんと向き合う価値がない透明なものとして扱ってくれたほうが気が楽。

ずいぶん前にも書いた気がするけれど、今現在の私の行動パターンって、「いじめられないため」に最適化してプログラミングされてしまっているのね。自分よりもお馬鹿で、ニコニコしてれば、誰もいじめてこない。何かで利害関わってない限り。

幼少期は幼稚園の同級生にもいじめられたし、近所の子にも除け者にされたし、一部の幼稚園の先生にもいじめられた。でもそういう態度とるようになってからは、いじめられなくなった。馬鹿にはされてもね。

「軽視される」ってのは、身を守るための処世術として「必要」だったんだよね。

前はそれでよかった。でももう、軽視、蔑視の視線や態度(これも私のフィルターがかかってる見方だが)が我慢できない。それなのにまだ、私は軽視していいニンゲンですよ!!って旗を自ら掲げてしまう。。。。。。その循環が見えるから辛い。自分で作り出した現実が自分を刺すことが悲しい。痛い。。。

You Can Heal Your Lifeの第7章 How to changeはそういう私のためにあるような章。

私は軽く見られる必要性を手放します。

どうやったら手放せるのか見当もつかなくてもそれでいいんだって。潜在意識があとはやってくれる。。。
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