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柳は緑、花は紅

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You Can Heal Your Lifeの第1章を終えて。

アファーメーション:
The gateways to wisdom and knowledge are always open.

この章のアファーメーションとトリートメント (各章末にある長いアファーメーションのようなもの)が、なぜそういう文章になるのか、今の私には、まだよく理解できない。本文では賢さについては少しも触れてない(と思う)のに。

「愛」とかじゃなくて、なぜここで「知恵」「知識」が強調されているんだろう。そこがまだ、今の私には謎。

知ることは確かに大事だ。知るだけで実践しなければ何も変わらない。けれど、知らなければ実践しようがない。その前に、知ることが必要だと気づかなければ。インテリジェンスというのは、そういう知性のことをいってるんだろうか???

***

「infinity」という言葉にはパワーがあると思った。無限大。有限の反対。私が理解できる範疇をはるかに超えた広がりを持つもの。その存在をイメージしてみるのは、心も広がる感じがしてとても気持ちがいい。

そのあとに自分の生活に焦点をあてると、いかに限界だらけの狭い箱の中で生活しているかに気づく。お金も、時間も、食べものも、水も、電気も、何もかも、すぐそこにある限界の中でどうにかやりくりしてる感じ。(そういえばエコだってあれは、地球は有限だ!という洗脳のような気がする。)

***

もう1つ、これは分からないことではなく、書きたいこと。なぜ「罪悪感」が問題となるのかという話。

自分の欠点やできないことを否定し、自己改造に走るのを、以前の私は向上心だと思ってた。たとえば、人と雑談をしていて、あ、また沈黙。私の話し方が下手だからだ。私がつまらない人間だからだ。ほら、この人は退屈してる。きっと話しかけなければよかったと思ってる。私のせいだ。どうして私はこんなにダメなんだろう、ニコニコしてるだけで中身のない人間だと思われたに違いない。いや実際中身のない人間だし。というような感じで。

でもそういう罪悪感(自分が悪いんだ、と思うこと)や自己嫌悪は、かえって自分を変える邪魔をする。何をしてしまっても、何をしなくても、絶対に自分を責めない、っていう態度を取るようになってから、私はかなり変わった。

「自分の人生に起こるすべてのことは自分の責任」という説がある(いわゆる引き寄せの法則)。そのコンセプトを「自業自得」と受け取って、自分を責めても、何も変わらない。

だって、「すべては自分が悪いんだ」というネガティブな考え方は、実際そういう現実を呼び寄せる、というのが引き寄せの法則だから、無限ループ、というよりも負のループに陥ってどんどん病んでいくだけなのだ。

そのループから抜け出すためには、これまでとは違う考え方を意図的に選択すること。そうか、そのためにインテリジェンスが必要なのかもしれない。

考え方を選択するとは、具体的には、自分のいたらなさを「許す」こと。つい自分を責めてしまっても、そういう自分もまた許すこと。

グズだカスだと長年罵倒してきた自分に対し「それでいいんだよ」って言ってあげるのは勇気がいる。向上心を放棄するようで怖いかもしれない。

けれど、今までのやり方でうまくいかなかったのなら、同じやり方をしていたらこれからもうまくいくはずがないのはちょっと考えれば分かる話。
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