necox

柳は緑、花は紅

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私はかなり長い間、何にでも「正解」があると思ってたみたいだ。そうじゃないってことは頭では理解してたし、自分はちゃんとそう思えてるつもりだったけれど。。。

万人にあてはまるただ1つの正解なんてものはないだろうってことは理解できてた。でも自分のことになると、、、、何かぴったりの方法があって、それに出会うことができたら・・・・・・ある日突然対人恐怖が「治っちゃう」んじゃないかとか。

ありえないね。

東京出てきてすぐ話し方教室行ったのも、その教室通って人生変わりました!っていう、そこの○○先生大絶賛の本を高校時代に読んだからだった。

「○○に出会って私は変わりました!」っていう話は巷にあふれているけれど、それ「だけ」で変わるってことはないと思う。その人の記憶の中ではそうなのかもしれないけど、実際にはタイミングだったり、それ以外にも些細だけど意味のある体験がたくさん積み重なって、その結果になったはず。

もしもそれオンリーで人を変えるものがあるとしたら、それは危険な気がする。人が自分の成長をすべて○○のせいにするってことは、それがない自分の価値を認めてないってことだから。宗教への妄信なんてのはそのたぐいだと思う。人を依存させるワナだ。「先生」になりたがる人も疑っていい。



・・・ってなことを、最近統計学を少しかじる機会があって思った。ある製品の性能は、とんでもなくたくさんの要因が複雑に絡み合った結果。一口に性能を改善しよう、っていっても、どの要因が性能に一番影響を与えているのか、を判断するだけで一苦労らしい。人工的に作り出した工業品ですらそうなのに、、、、、、
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