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柳は緑、花は紅

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2001年終わりまでは、今思えば自分の不得意分野があまり目立たない部署にいたのだと思う。

2002年初頭、会社で異動があって、営業系の部署に移った。ここでは何もかもがつらかった。朝会ったら一言二言世間話をしなければならない暗黙の了解でもあるのか、と思うくらい、話しかけられることが多かった。反応が早くて機転が利いた会話が好まれるようだったが、私は何か言葉を返すだけで精一杯だった。知っている人に会うのがつらかった。

営業系だからマナー・服装に関する規則が厳しかった。スーツ着用は当たり前、メイクも当たり前。それまで毎日がカジュアルフライデーのような部署にいたから苦痛に感じた。私はメイクが苦手、アイロンも苦手。その頃はそのために朝早く起きる気力もなかった。どうにか、アイロンがけのいらないニットのインナーを着まわすことで乗り切った。服や靴が必要だったが、休みの日は疲れて寝ているだけで買い物にでかけることができなかった。

顔と名前を覚えるのも当然のようだった。私は顔がちゃんと覚えられない。覚えてないのがばれやしないかとびくびくして、知っているかもしれない人に会うのが辛かった。これは小さい頃からずっとそうなんだけど。

電話をとっても、その人が今いるかいないか、座席表を見ないと分からなかった。ちょっと席をはずしていたりするとアウト。電話対応は失敗ばかりだった。聞き間違えるわ、間抜けな返答ばかりするわ、で周りがハラハラしていた。

明確な指示をくれる人がいなかった。今思えば、上司は私の自主性を重んじたのだろう。私は指示がないと動けない・・・使えない奴なのに、大学名と前の部署での”成績”で過大評価でもされたんだろうか。

時間を守るっていうのも(当然だけど)常識だった。客先に行く予定、会議の予定・・・絶対に守らなきゃいけない時間が決まっていることがすごく多くて、誰もが時間を忘れずに予定にそって行動している様子は、私にとって驚異だった。

私は、時間を守るのが苦手・・・。時間のことだけ考えててもいいというのなら不可能ではないけれど、別のことを考えているとすぐ忘れてしまう。ものすごく些細な予定まで全部Outlookに登録してアラームが出るようにした。新人だったし、出る会議の数も多くなかったのでなんとかこなせたけれど、これ以上予定が増えたらいつか破綻するだろうと思った。

また、突発的な用事が入ってくることが多かったからますます混乱した。”優先順位”の判断がまずいことを補うために、朝一番に、今日やるべきことを(どんな細かいことでも)紙に全部書き出して、やる順番に番号をつけ、その番号どおりにこなしていった。紙に書いていないと、忘れてしまうから。でも、新しい用事が入ってくると、ついそれを先に始めてしまう。せっかくそのメモで保っていた時間管理はすぐむちゃくちゃになった。


ただ、ADDorアスペルガー的って思われる悩みを別にすれば、一番つらかったのは、1人で集中してできる仕事がなかったことかもしれない。

派遣のTさんはすごいキレ者なんだけど、優しくて、何度やってもできない私に根気強く教えてくれた。私が精神的にヤバいんじゃないかと一番気遣ってくれたのもその人だった。私が英語ができることを知って、そういう専門性を活かした仕事のほうが向いているんじゃないか、って言ってくれた。

2002年2月頃から次第に朝起きられなくなって、体調不良を理由に2日、3日と連続して休むことが多くなっていってしまった。会社にいても、不安と緊張でトイレが近く、周りにもちょっとおかしいと思われ始めていたようだった。

トイレを我慢しながら上司の話を聞いていて1度漏らしてしまったことがあったけど、量が少しで、ストッキングをつたって靴に入っただけだから、きっとばれていなかっただろう・・・・(涙)



私のいた部署が特別つらいわけじゃないって分かってる。最初にいた部署が特別で、多くの会社はこんなものなんだろう。私は普通の会社では、社会人としてちゃんとやっていく能力がないのかもしれない。

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