necox

柳は緑、花は紅

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やっと家に戻れます。帰宅間際、「今日は来てくれてありがとうね」なんていわれたよ。。。なんだか悪いことしてる気分なのはなぜだ。

でも、結構頑張った、わたし。自分の部屋にこもらずなるべく両親といるようにした。テレビがつまらなくてうるさくて気が狂いそうだったけど、長時間そばにいて深いコミュニケーションをはからないですむためにテレビほど強力なツールはないんじゃないだろうか。家族団らん。体裁だけ整えてそれで両親が満足なら、そのほうがいい。

父方も母方も親戚同士の仲が悪く、新年の会みたいなものはもうない。親戚と会わなくてすむのは楽だけど、ほんとに私の育った環境の心の貧しさみたいなものにはあらためてぞっとする。

※愛情表現の方法を教わってない

父母みたいなのはだめだと反発してるだけで、私も、彼らと同じ、できそこない人間に育ってしまい、悪気のない父母に反発する分、もっと悪人であるかのようだ。もがいているだけなのに。ああ、彼らは自分ができそこないだとは思ってない。私は自分の不具合を過剰に意識する。

※「生きさせられてる」感

父は自分が何か知ってること、できること、相手より上に立てることがあると、(良くいえば無邪気に)しつこいほどアピールしてこっちの心のエネルギーを貪っていくタイプだということが一つ分かった。(今まで単なる気持ち悪い存在でまともに分析したことなかった。)ところが、自分が間違ってたことについては、瞬時になかったことになる。自分は関係ないどころか別の人のせいになってたりする。変わり身の早さ。自己保身。全然信用できない。

ああ穢らわしい、醜い、この下卑た存在を脳裏から消し去りたい。そこに自分を見るから。私の醜い部分が100%具現化されたものが父かもしれない。そんな醜い鏡は見たくない。叩き割りたい。

美しくなりたい。でも私の中は醜さでいっぱいだ。。。
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