necox

柳は緑、花は紅

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あー、分かった、ほんと、よく分かった。

私、生きることに退屈してるだけなんだー!って。

この無気力だとかは欝じゃない、病気じゃない。そりゃ辛いのは確か。この土日も何もしたくなくてほとんど寝てたし、今日も出社が本気で危なかった。いまだに視線が怖いし、自意識過剰の痛々しい毎日だよ、でもそんなのは、表面的な問題。

やりたいこと、興味を持ってやれること、そしてできれば、それをすることで社会的に賞賛や評価が得られるようなこと、簡単にはできなくてチャレンジングなこと、それさえ見つかれば、そういうことに向けるエネルギーなら、有り余ってる。

家事とか、掃除とかできないなんてのは、まったく問題じゃないよ。全然関係ない。家がカオスになろうと、それは、私の性格的には、何の問題もないんだよ、だってそういう細かいことが大っ嫌いなんだもの。欝なんかのせいじゃなくて、私は興味ないからやらない、それはそれでいいんだ。

私がやらなきゃいけないのは、嫌いな片付けをできるようになることじゃなくて。苦手な雑談を「うまく」できるようになることじゃなくて。興味のない「お洒落」をすることでもなくて。好きなこと、打ち込めることをみつけることだけだ!

って、Paul Grahamのエッセイ、What You'll Wish You'd Known (日本語訳: 知っておきたかったこと) を読んで思った。

大人と子どもとを分けるもの。生活費を稼いでいるかどうかなんてのは取るに足らないことで、自分の人生に責任を持ってるかどうかだ、って、これは高校生に向けて書かれた言葉だけど、私にも痛く響く言葉だった。彼の定義では、私はまだ子ども・・・。仕事にやっとこさ行って、帰ってくるだけの毎日。つまんない人生。

もうレールの上を歩いたり、人の期待に応えたりなんてする必要ない、ってことは分かってる。でもそれなら、もうどこも歩きたくないんだ、今。人生からドロップアウトしたいのが本音。でも生まれてきた以上、歩かなくちゃいけない、そして、それを受け入れなくちゃならない。

これから、できる範囲でだけど、無為に立ち止まってるのはやめようって思う。同時に、我慢したり、やりたくないことを自分に課したりすることもやめようと思う。(掃除とか料理とかお洒落とかね)無断欠勤はせずに会社には行って日銭を稼いでる、もうそれだけで義務は十分果たしてるんじゃない?
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2008.10.20 22:39 | 雑記 | トラックバック(-) | コメント(-) | edit |

   

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