necox

柳は緑、花は紅

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今日の勉強会の後の飲み会の間、なぜか何度も泣き出しそうになった。(実際は涙ぐんだだけ)「憐れみ」という感情が噴き出してきて。誰に対してかって、自分に対して。周りの人の会話を観察してて、普通の人っていうのは、なんて自由に会話をしてるんだろうって、不思議に思った。これを言っちゃいけないだとか、そういう制限何も自分にかけずにしゃべってるんじゃないかって。(実際には気配り、配慮の領域でいろいろあるんだろうけど、あくまでも私にはそう見えた)"Don'ts"にがんじらめになってる私が、あまりに不自由で、可哀想になった。

その憐れみが噴き出す前にまず考えたのは、ああ、自分って馬鹿なんだ、っていうことだった。文章や机上のテストでは、こんなの分からないなんて馬鹿じゃないか(失礼)、って思うような人が、会話の中では、私よりもずっとずっと頭よく感じる。ああ、きっと、会話と読み書きでは、使う頭の領域が違っていて、私は、読み書きの方に偏ってる、会話馬鹿なんだろう、って思った。

でもなんだかしっくりこない。まあ、私は部分的にでも馬鹿じゃないと信じたいってのもある。それで足かせ、ブロック、そんなものにがんじらめになってる自分のイメージがわいてきた。そして次に憐れみ。「正しいことしか表現してはいけない」から、自由に表現できなくなってる。だから、何話していいか分からないのか。

正しくあることに対する強烈なこだわりがすべての邪魔をしてる。私はいつも正しくありたい。間違ってはならない。だから人の間違いも指摘してしまう。人に疎まれる。間違ってはいけないから、どうあるべきか分からない、見本のない、経験のない場所では、固まってしまう。コンピュータみたいに。この「正しくあるべし」というこだわりを捨てたら、なんか、ものすごく大きな変化が起こるんじゃないの?現在の最大のブロックを突き止めてしまった気分だ。



ところで、全然話は変わるけど、FESのトランペットヴァインはすごいかも。これをブレンドしたときは特に深く考えていなくて、ただ、なんとなく写真にひかれただけだったんだけれど、今改めてフラワーエッセンスレパートリーを見てみると、
トランペットヴァインのエッセンスは、話し方が単調で機械的だったり、平板、あるいは萎縮している場合に適用され、どもりなどの言語障害にも有効なことが多い。直接恐れや神経質さを扱うのではないが、威圧されがちだったり恥ずかしがりのために表現を抑えてしまう多くの人に有益だ。(中略)そして、「他人がどう感じるか」「決めつけられるのでは」といったことばかりを気にするよりも、自己の表現そのものに気づきと興味を向けることができるようになる。
これそのままの変化が起こったようだ・・・・・・。ここまで解説の言葉が文字通り効いた!とはっきり分かるのは珍しい。しゃべるのがなんて楽になったことだろう。言葉を発するときに、ほとんど震えなくなってるもの。確かに、「恐れ」が弱くなってる。楽にしゃべれるってことは、結果的にそういうことだから。

しかも、いかに今までの自分(今の自分も)が自由に表現できていなかったかということも、今日、見えた。トランペットヴァイン、盲点だったな。ぴったりな選択だったみたいだ。本当に今、楽。
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2008.09.07 01:41 | 対人恐怖 | トラックバック(-) | コメント(-) | edit |

   

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