necox

柳は緑、花は紅

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立ち読みで読み切ってしまった。読んでる間は涙も少し出るくらい夢中だったのに、本屋を出たあと、なぜかいつも以上に落ち込んでしまった。どうしようもない暗欝とした気分。「うらやましい」というよりも「ねたましい」。それにひきかえ自分は、という無力感。

奇麗でいたいという気持ちだとか、生きたいという気持ちだとか、親への思いやりだとか、何かをしたいとか、そういうのが持てることがすごくうらやましい。おこられるだろうけど、私は不治の病もうらやましい・・・・・・どうせ私なら生きようとあがいたり、戦ったりしない。。。(そういえば治ることを放棄してしまうことに対応するレメディがあったよね・・・)

どうせ高評価だろうとAmazonを見てみたらやっぱりそうで、さらに落ち込む。素直に生きようと思えていいな。なんなんだ最近の私のこのムード。

余命1ヶ月の花嫁
発売元: マガジンハウス
価格: ¥ 1,470
発売日: 2007/12/13


こういう人のことを知ると自分の悩みなんてちっぽけになるものなんだって。わたしは共感する力が欠けてるんだろうな。わたしって可哀そうな人かもしれない。そうやってわたしのことしか考えられないんだもの。
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けいさん
> ”あんな甲斐性のある彼氏と優しいお父さんと友達がいっぱい居ていいなあ”
そうなんですよ!!まさに、そのまま、同じこと思いました。

けいさんもそうなんですね。私も人との距離がうまくつかめず、友達いないので、やはり、うらやましいな・・・って思ってしまいます。もし、仮に、友達がいたとして、毎日のように病院に来られたら私は疲れ果ててしまうんでしょうけど。。。。。。


笑さん
> 「妬ましい」時って、その裏には「そういう風に私もなりたい」という強い願望があって、その願望の方を素直に受け入れてしまう方が楽みたいです。
おぉ、新しい視点をありがとうございます。いわれてみると、私、「友達なんていなくってもいい、どうせできないもん」って思いきり思ってます。。。。。。実際、友達を作る機会があっても不安や億劫さのほうが先に立って、縁を「切る」行動をしていたりするのはもしかしてそのせい。。。。。。??ほしいって認めたほうが楽・・・頭ではわかるけど、まだ、思いどおりにいかなくて傷つくのが怖いらしいです・・・

> 「望んで成し遂げる準備は出来ている、そのための力はついた」事の現れであるようにお見受けします。
そうですか??またも自分では全然思いつかないことで、、、、、、正直、全然実感が湧かないんですが、自分の変化に対して、自己像が古くなっている?ことを最近よく感じるので、そうなのかな?と。ありがとうございます。

> 「外す」ことを、「取組む」までいかずとも、ただ「決めて」しまえば、それだけで既に「勝ったも同然」
わたし、まだとらわれに飲み込まれてしまっているので、それを「ブロック」と認識することがまず必要みたいです。そして、それを「手放す」、と。ウィロウ、早速注文しました。ニールズヤードが出しているブレンドの「Letting Go」(ホリー、ウィロウ、ヴァイン、ビーチ、チコリー、ウォーターバイオレット)が気になっていたのも関係あるのかな。。。そのブレンドを参考に今度組んでみようと思っています。

「今のこれを、あの時に知っていれば…」みたいなアドバイスはすごく貴重で、現実世界ではこういうことを話すこともないので、ほんとうにありがたく思っています。これからもぜひ気づいたことあれば教えてください^^

ayuuさん


お久しぶりです^^

> だから、病気に憧れるのではなくて、この花嫁の感情や思いや環境を妬ましく感じて、自分にはそれが欠けているんだ、
確かに。もっと生きていたいと思えるような世界の中に生きていたことに憧れるみたい・・・・・・不謹慎。。。なのかもしれないけれど、素直に感動できる人って幸せだね、って思っちゃう。。。。。。

自分には欠けているものを、全部持ってるじゃん、って思うけど、「欠けている」っていうのは自分の思い込みかもしれず・・・・・・・

2008.03.16 22:29 URL | necox #B4pvQVOw [ 編集 ]

お久ぁ~です^^

うん、同じく、私も、necoxさんに同意だなぁ。
病気に憧れるとか、妬ましい、とか、不謹慎なのは充分承知の上だけど・・・。
感動して涙するかもしれない、けど、なんか、こう、素直に(?)受け止めて感動できない部分があるんだよね。

笑さんが
>「妬ましい」時って、その裏には「そういう風に私もなりたい」という強い願望があって
と仰ってますが、私も似たような事を見た(考えた)ことがあります。
だから、病気に憧れるのではなくて、この花嫁の感情や思いや環境を妬ましく感じて、自分にはそれが欠けているんだ、と認識できたという解釈でいいんだよな・・・と、私は自分自身に問うてみるのだ。

あぁ、なんだか支離滅裂でごめんね。
なんせ、アタマが回らないもんでw

私ってホント不謹慎なヤツだなぁ、と思っちゃうよ。これ、読めないだろうな。

2008.03.15 09:06 URL | ayuu #- [ 編集 ]

>どうしようもない暗欝とした気分。「うらやましい」というよりも「ねたましい」。それにひきかえ自分は、という無力感。

そうそうそう!すごくよく判りますその感じ!ドンピシャって感じです。
この本、そういう気持ちがぶり返しそうで、手を出していません、というか、表紙を見るだけで既に、少しそういう気持ちになります…ので見なかった事にしています(苦笑)。

私の場合、そういう「暗欝」にウィロウがよく出てました。


ところで、しかし、最近気づいたんですが。
「妬ましい」時って、その裏には「そういう風に私もなりたい」という強い願望があって、その願望の方を素直に受け入れてしまう方が楽みたいです。
「確かに私もそうなりたい、でもどうせなれないもん!」というような「ブロック」を外すことさえ出来れば、もう加速度的にめまぐるしく変化していくな、というのが、最近の実感です。
その「ブロック外し」こそが、私達のような者でなくとも(健康な…”普通の”方々にとっても)大変な困難になるようにも感じますが。そう思うと、逆に私達のように鮮明にブロックを感じられる方が、ある面では「恵まれている」のかもしれないなぁ…なんて思ったりもします。

しかしnecoxさん、過去ログから考えると、「ねたましさ」が出て来たということはつまり、「望む力」のエネルギーがかなり強くなってきている、ということだと思いますし、それはつまり「望んで成し遂げる準備は出来ている、そのための力はついた」事の現れであるようにお見受けします。(何度も同じ事を申し訳ないですが、)本当に「変容」されてますよねぇ!良かったなぁと嬉しく思います^^

私は「望みを妬みに変えるブロック」を後生大事に何年も抱え続けた挙句(苦笑)、最近になってようやくその大部分を「ゴロッ」と取り外せた感覚があるんですが。
「(今となっては)ホント無駄だったなぁ…あの執着(妄執?)の時期…(溜息)」と感じるので、necoxさん折角気づかれたんですし、早速「ブロックは手放してしまう」と決められる方が、無駄が無くてよろしいのではないかと思ったりします。ホント、致し方ない事だったとはいえ、「今のこれを、あの時に知っていれば…」と思うことは多いので…。
「外す」ことを、「取組む」までいかずとも、ただ「決めて」しまえば、それだけで既に「勝ったも同然」だとも思いますし…長々と、しかも差し出がましい口を、申し訳ありません。

2008.03.15 02:43 URL | 笑 #- [ 編集 ]

余命1ヶ月の花嫁。テレビの特番でみました。確かに号泣しながらみてたのですが、、感想は“あんな甲斐性のある彼氏と優しいお父さんと友達がいっぱい居ていいなあ”でした…
私は人との距離感がうまくつかめません。。友達もいません。

足掻いても無駄でした…
職場ではよくいじめられます。だから長く働けません。
necoxさんのお気持ちに同意してしまいます。

2008.03.15 02:34 URL | けい #- [ 編集 ]















   

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