necox

柳は緑、花は紅

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最近また世界の肌触りが痛くなってる。トゲとか、居場所がない感じとか、生きていたくない感じ。

元々、学生時代に学校行くのだって辛かった私が、会社に行き始めてやっぱり辛くて、これは自分に何か欠陥があるからに違いないと思い、それを説明してくれたのがADHDとかアスペルガーとかとかの発達障害だった。でも、結局は確定診断が出なくって、「普通の人」として生きていくことを決めたんだった。

幸い、本やWebで調べたり、学んだことを実生活に応用したりするのが好きだったおかげで、徐々に、元々短所だった部分もカバーする方法を身につけることができた。年をとるにつれ、以前大きな問題だったことは、今ではたいした問題じゃなくなった。今ではほとんど約束の時間に遅れることはないし、必要なものはすぐにみつけられる。今の仕事だと人の顔覚えられないのも、そう問題にならない。世間話も少しならするし、逆に笑顔で挨拶だけしてあとは無言のまま化粧直しするような度胸も身につけた。

顔見知りの人が増えるのが怖くて最長1年しか続かなかった会社も、今の会社は初めて丸3年いられてる。

朝家を出るときに吐き気がしなくなったのはいつからだろう。いつからこんなに楽に、外に出られるようになったんだろう。でも、程度は軽くなったとはいえ、今も「無理してる」自覚は変わってない。外は、いまだに、怖い場所だ。組織に居場所をみつけられず、会社の中でうまくやって上にいきたい!というやる気がまったく自分の中にないし、そういう中途半端な気持ちでいながら、会社に雇ってもらってる自分が嫌になる(申し訳ない)。

フリーになりたいということについて「無力なこども」が必死に私を守ろうとして恐怖を訴えてきてるのをあやしながら、お金について、具体的に考えたりしてるところ。

久々にアスペルガーの概念とか思い出して思ったんだけど、自分は少数派なんだという自覚を、ネガティブなとらえ方でなく、ポジティブに、持つことが必要かもしれないと思ってる。

「フリーになる」ような人って、コミュニケーション能力に自信があることが多いんじゃないかと思う(もしくはコミュニケーションがうまくとれる人しか生き残れない)。今の私が「誰とでもうまくあたたかいコミュニケーションがとれます」ってアファーメーションすることも大事だけど、実際問題、私は今まだ人が怖くってコミュニケーションが苦手だっていうところを否定して、できないことやろうとすると、自分に無理をかけることになると思う。

今は棚卸しの時期なのかな。お金についても、自分の能力(得意不得意)についても、一度棚卸しして、見直してみる時期かもしれない。覚悟が決まるまで、(クビにならない限り)会社にいればいい。3年以上やってこれたんだから、大丈夫。
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子どもを生きればおとなになれるを読みはじめた。

AC関係の情報を欲しなくなって随分経つし、この本を図書館に予約したってこともすっかり忘れてた。でも、今このタイミングで手にしたことにもちゃんと意味がありそう。

p35のサンディの例が印象的だった。私にはできないこと。

やっぱり、今、「パワー」がキーワードみたい。目の前に起こっていることについて、私は無力な子どもに成り下がってしまう。私には「なすすべがない」「そういうもの」とすぐ傍観者になってあきらめてしまう。仕切ってくれるひとのの介入を待ってしまう。いまでも。

必要なのは、パワーを取り戻す作業。そのために、もう一度暗闇をのぞく勇気も必要かもしれない。

*翻訳とは思えないくらい読みやすくて、やさしくて、パワフルな日本語も素敵*
最近、「イメージする」ってことへの苦手意識が和らいだ気がする。

すごく楽に、思った通りのイメージをできるようになった・・・といっても、いまだにリアルな映像が頭に浮かぶなんてことはまったくないのだ。映像として綺麗に再現されているかどうかなんて何も関係ない、ってことに気づいた。だって、私がそう宣言したなら、それだけで、そう、なのだ。別に「見えてる」必要なんかなかった!

「思い」がすべてを作ってるらしい。今は、守られていますって宣言すればそれだけで、本当に守られているような感覚になる。見えてる必要なんてほとんど感じないな。

私の脳はどうやら映像よりも言葉の処理の方が得意だから、言葉を使うアファーメーションの方と相性がいいのかもしれない。

***

そういえば、最近見つけた、アファーメーションに感情乗せるコツ。実はまだ心からそう思えてないんだけど、、、、ていうアファーメーションするときは、心からそう思えるフレーズを時々混ぜてみる。

たとえば、「私は美しいものを見るのが大好きです!」って宣言して美しいものをイメージして、とってもいい気分~♪になったところで、そのいい気分をそのまま「私は自分が大好きです!」に乗せて言い切る!いつもより、抵抗が少なくなる気がする。

これ、苦手な人に"愛"を送るのにも使える。苦手な人思い浮かべて「○○さんが大好きです」って言おうとするとかなり抵抗あるんだけど、私は猫のふわふわなとこが大好きですっ!!カレーライスが大好きですっ!!ってひたすら好きなもの列挙していい気分になった後だとなんかすらっと言えてしまったり。
今日はとてもハードな日だった。なぜかルイーズさんの声で、One thing after another going wrong...ってフレーズが頭をぐるぐる回るほど、やることなすことトラブルに発展する。しまいにはメールを出すのも怖くなるほどだった。

試されているのかな。

今朝は、私としては万全の精神状態で会社に臨んだつもり。サンゲイジングで心のおりを流して、いつもよりも早く家を出て、歩きながら、すべてはうまくいくことを信じるとアファーメーション。会社も人間関係も恋愛もコントロールは手放すから、最善の方向へ行くように導いてくださいと祈った。

その結果としてのこの状況なんだから、いかに自分の味方でいられるかの練習として受け入れることにした。ほんと泣きそうだったけど。

救いなのは、今日のipodの選曲が素晴らしいこと、かな。
今とても感動してる。音楽っていいな。。。人とのつながりっていいな。。。あたたかいものに手を伸ばしたい気がする・・・・・・前はそこに自分とを隔てる分厚いガラス板があると思いこんでいたけれど、それは幻想で、意図すれば消せると気づいてしまったから。

ああ、自分のホントを表現していいんだなって思う。この世界は安全。

会社でも、気づいたら今結構そんな感じになってる。あいかわらず欠陥だらけだけどさ、ありのままの自分を結構出せて、というか格好つける余裕なんてないから本体出すしかなくて、至らないところ丸出しだというのに、だからこそ?、周りの人って助けてくれたりするものみたい。嫌なこともあるけど、人ってあったかいのかもしれない。。。。。。そんなにガチガチに構えたりする必要ないのかもしれない。。。。。。。

話は違うけどあらためて、「書くこと」って私にとって重要な癒しのツールなんだな、とふと思う。しばらく、一言でもいいから、内容なんでもいいから、また毎日更新してみようかな。
- Sunflower (FES)
- Bleeding heart (以下Alaskan)
- Covellite
- Pasque flower
- Tidal forces
りょうこさん(Twitter: @puahinaleela)によるリバーシング、6回目の記録。

久々のリバーシング、実は、前みたいに寝てしまわないか少し心配だった。

内心、眠くはならないことに安堵しつつ呼吸を続けていたところ、りょうこさんから上半身を起こすよううながされる。足と手の痛みはあるんだけど、なかなか入っていけない。。。。。(というのは、りょうさんに指摘されるからわかるのであって、自分ではちゃんと呼吸できてるつもり。なぜか自分では抵抗していることに気づけない。)

足に向かって、その痛みはなんですか、何がじゃましていますか?という問いを投げかけて、(かなり長い時間の、何度かの試行錯誤の後)ようやくたどり着いたのが「パワー」という言葉。

「もっとパワフルになるのが怖い」

私は、リバーシングを始めてからずいぶんパワフルになった。一方で、それ以上パワフルになるのを自分に許せていないことでひずみが出てきていた。

今まで長い間、「私には力がない」という前提で人や社会と接してきて、それでうまく廻していた。「弱者」として振る舞うことで得ていたものが実はたくさんあった。パワフルになることと引き替えに、それを失うのが怖いのだった・・・。ここ数週間仕事を辞めようと本気で考えていたのも、そういうことか、と腑に落ちた。

りょうこさんにうながされ、パワフルになってもよい、というイメージで呼吸していると、前回と同じような「至福」状態に入った。

体全体、特に足がベッドに縛り付けられているかのように、重く、絶対に自分の意志では動かせないような感覚で、かなり長い間"手術"を受けた。本当に本当に気持ちよかった。

***

ここ数ヶ月のわたし、自分ではそう大して変わっていないように思っていたけれど、りょうこさんからは、グラウンディングができてきたからそう思うのであって、本当はすごい変化なのだと指摘を受けた。

そうかもしれない。日常的なこと(洗濯とか掃除とか風呂に入るとか・・・)をするのがあまり苦でなくなった。それは、生きるのに興味ない私としては、ずっとできなかったこと、今みたいな生活って、数年前からすると夢のようなのだ。気づいたら(そうすべて「気づいたら」だ!)朝、目覚ましをかけなくなっていた。早朝自然に目が覚めて、しかも起き出して、晴れていたらサンゲイジングまでやってしまう。ケイシー療法のオイルパックやろうと思えば、ちゃんと週3日セットを繰り返しできてしまう・・・。最近は、週末の朝ジョギングすることだってあって、そういうのって、「無気力」時代の私だったら考えられなかった。

以前は、ブログにも、こんな変化があった、あんな変化があった、とよく書いていた。それは、地に足が着いていない、軸足がないために、少しの変化で根底から自分が揺らいでしまう、という面もあったみたい。

今の私に起こってる変化を、もし以前のテンションでここに書こうとしたら、書ききれないほど・・・なのかもしれないけど、なんか、あまりにも自然に、「気づいたらそうなってた」という感じで過ごしているため、たいしたことがないように思ってしまう。書くほどのハイテンションになれない・・・。

これも、「地に足が着く」1つの過程らしい。
今回はちょっと時間があいた。
ブログ書くのも、なんだかそういう雰囲気じゃなく、ほとんど記録らしい記録をとらずに過ぎてしまった。

久々のリバーシングにいく今日、いつものようにまとめようと思っても、何かいていいかわからない状況。

6月末は辛い時期だったと思う。でもそのおかげで、もがいて、You can heal your lifeのアファーメーション、サンゲイジング、ケイシー療法(ひまし油湿布とコーヒエネマとオイルマッサージと、、、)のようなことを日常的にやる生活に。

その効果か、最近は前回のリバーシングで味わったような「至福」を日常生活でも瞬間的にだけど味わえるようになってきた。

6月から7月中旬にかけてあらためて取り組んだのは、自己肯定について。その後、夢を描くことに興味がでてきて、夢をリストアップした。その中で、仕事、豊かさが今現在のテーマ。

あと大きな変化といえば、今までの写真、音楽すべて入っているハードディスクを失ってしまったこと。それで、モノに関する執着が深いレベルで削ぎ落とされた。写真なんかなくても、だいじなことは、そのときの心の動きは、思い出せる。失ったら怖いものなんてそうそうないのかも。

断捨離がますます進む予感。。。



一方でipadを買って、散乱してた本当に必要な日常的な情報が外に記録しておけるようになった。今まで、A5ノートに書いたりしてたけど整理が苦手な私は、すぐどこかへやってしまうので、結局頭で覚えておくことが多かった。情報のありかを心配しなくなったら大げさでなく、心が軽くなった気がする。

そしてできた余裕で、そろそろ、仕事とか現実について動いていこうというところ!






   

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