necox

柳は緑、花は紅

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | edit |
本当に少しずつだけど会話が続くようになってきた。私の話し方の課題も明らかになったし・・・初めて聞くことを相手が口にしたとき、話好きな人は、それを糸口にして話を広げる。私は未知のことに反応できない。そのとき、私は瞬間的に心を閉ざすから。いい悪いじゃなくて、癖なんだよね。怖いから。怖かったから。

でも相手が新しい一面を見せてくれたときって、その人のことをもっとよく知る大チャンス!!!

最近、相槌打ったとたんに、間違えた!そこじゃなかった!って自分で気づくようになった。相手が見せてくれた新情報をスルーして、すっとぼけた返事をすると、その新情報についての話は終了になる。(きっと私は無意識にその目的でこの癖を身につけた。分からないことに耐えられなかったから。)この癖を変えるには時間がかかりそうだけど、気づけるようになっただけでも進歩。今まではそんな余裕なかった。

最近、すべての人との会話を話し方のトレーニングだと思ってやってる。とにかく誰かと話す機会ができると、逃げずに会話が自然終了するまで続ける。よっぽど忙しいとき以外は、仕事より世間話を優先してるかも。そうすると、逆に仕事がスムーズにいったりする・・・。
スポンサーサイト
今日はやってしまった!的な感じで人間関係のタブー(なのか実際のところわからないけど)を犯してしまい。

自分のアスペルガー的な思考回路が憎かったのね。(診断基準に満たないことは承知の上でコンセプトだけ借りてる)つまり、事実を言っちゃうの。言わなくていいことを。人との立場関係とか他人の感情とかに全然思い至らないのね。(それが問題なのかもよくわからない。ただ私はなんか暗黙の了解とか、振舞い方がわかってないらしい。)その後空気が凍りついてから、やってしまったことに気づいて、すごい自己嫌悪になる。

それに対して、I approve of myselfを覆いかぶせるように唱えたんだけどさ、、、、、、わけわかなんない感情。言葉にならない。たぶん、小さい頃にそんな風にかばってくれた人はいなかったんだと思う。感情を乗せようと努力してるとはいえ、ただの言葉なのに、その優しさに涙が出るもの。でも欠陥があるのは明らかなのに、それをそのまま愛すことが必要、愛すことができるっていうのは、まだ納得いかない気持ちもある。

帰りに、You can heal your lifeを聞き込んで気づいたことは、「許すこと」が必要だってこと。全部、許しちゃったら、今の自分は過去のあの人のあの言動のせいーー、にできなくなるからねー、それはそれで辛い。だからあまりこれまで興味なかったのかも。

とにかく、この際、今が多少辛くなってもいいから、古い不要な思考なんてものは手放してしまいたい。そのためのキーワードがforgivenessだと気づいた。

帰ってからAudibleでこれダウンロードした。イメージングは得意じゃないので、ガイダンスがありがたい。
(試聴はAudibleで可能)
Forgiveness/ Loving the Inner Child: Visualization Exercises for Releasing Negative Feelings <br>and Maximizing Your True Inner Potential
著者: Louise L. Hay
発売元: Hay House Audio
今日もまた1つ変化があった。

前にもちらっと書いた、その人の近く通るだけでフリーズしてしまうような男性(苦手というわけじゃなく、逆に尊敬しすぎるというか・・・)と、朝、会社の最寄駅のほとんど同じ場所に降りちゃった。私のすぐ前を歩いてた。今までなら、気づかれていないことを信じ、足音しのばせて、ゆっくり、ゆっくり、だんだん間をあけて途中で相手と違うルートに変えるとかしてた。そうする以外のことはできなかった。

でも、それって経験上ものすごく疲れるのだ。相手と違うルートを取るには、少なくとも分かれ道までは相手から目を離さずにいなければならない。もし今振り返られたら?という恐怖心をずっと感じ続ける。そして、そういうセコいことしてる自分を他の誰かが見てるかもしれないという恐怖も。

その時点で疲れ始めてたので、勢いにまかせて後ろから挨拶して、そのまま会社まで一緒に話しながら行った・・・。赤面せずに話せて、会話らしきものが成り立ったことに自分で驚愕。

その人は驚いたと思う。私がその人の前で挙動不審になることや、目を合わせたことがないこと、会話が成り立たないこと、赤面することはその人にもバレバレで、その人はそれを楽しんでるみたいなところがあったから。まさか私から話しかけてくる日が来るとは、思わなかったでしょう。

ある日今までしなかったような行動をすると、人にどう思われるだろうっていうことが昔はすごく気になってた。でも人も別に嫌な気はしないみたい。本当のところどう思われたかは知らないけど、そんなの気にせずに、自分がなりたい方向にずんずん変わっていけばいいみたい。結局自分の人生なんだし。
週末、決めたことがあった。デトックス、手放しの一環として「好きではない人との付き合いをやめる」って。会社でいつもお昼に一緒に行ってるAさんは、私を馬鹿にするから好きじゃない。でもその人と行かなければ私は一人ぼっちになる。昨日、一人になってもいいからその付き合いをやめようと決めた。

そしたら、その人が突然(っていうのも変だけど)妊娠したらしい。半年以内にはその人辞めるそうですよ・・・。

何度も何度も思い出すから、切り捨てるために書こう。ずっと、なんというか、胸の奥に小骨が刺さっているような感じで痛いから・・・。この記事で前にも一度吐き出してるけど、同じ日の話。

飲み会の席で、自分が死んだら墓に埋葬してほしいかというような話をしていた。私は、別に何もしてほしくない、お墓にも入らなくていい、どっかにまくなりなんなりしてほしい、と言った。

先生は「誰がまいてくれるんですか」って。

私が一瞬絶句し、「じゃあまいてもらわなくていいです」って言った後、先生は、先生か奥さんが亡くなったら、どこどこの海に巻く手はずになってるんだっていう話を。

なんでこんな悲しいんだろうな。人とまともな関係を築けない自分について指摘されるのは本当に本当に傷つく。痛い。

別に本気でまいてほしいわけじゃなかった。ただ、自分の肉体なんてどうでもいいといいたかった。そういう精神がきっとカンに触ったんじゃないかと思う。向こうには攻撃した自覚もないかもしれない。そんな些細なことに深く傷ついた、ってことに3ヶ月も経ってから気づく私ってなんなんだろう。
直接他人の敵意を受けるのは幼稚園時代以来かもしれない。

前にも何度か書いてたと思うけれど、私は幼少期いじめられっ子だった。小学校低学年で引越をしたときに「今度の学校では絶対にいじめられない」って固く決意したことを覚えてる。どんなことを言われてもにこにこ笑ってたら、それ以降、どこへ行ってもいじめられることは一切なくなった。

「いい人」を演じた。誰とも深い人間関係を結ばないから、いい人でいられる。自分を脅かすことのない人に、人は敵意を向けないものだ。そのかわり化けの皮がはがれるのが怖いから、1つの場所に長くいられない。友人がいないのもその結果。

転々と場所を変えながら、ずいぶん長い間、人の敵意を回避して生きてきたものだ。。。この今が、幼稚園時代の再現かと思うと、やっと戻ってきたのかと思うと不思議な気分。

今「ゲンチアナ」の瓶と目があったので服用してみたら、ビリビリきた。胃の痛みが少し楽になった感じ。「何かの失敗、死別、いじめ等、特定の理由のある落ち込みによい(バッチ博士のフラワーエッセンスガイドブック)」らしい。なるほどね。会社に常備する必要があるのはマスタードじゃなくてこっちかもしれない。理由がはっきりしてるときは。

*長年仮面を演じてきたことを後悔してるかというとそうでもない。私は演じることができて恵まれていたと思う。多感な時期に人の敵意/悪意でぼろぼろに傷つくことを回避できたのは幸せだった。もう30代になった今の私はもう対処できるだけの力も、ツールも身につけている、はず、だから大丈夫*
1/22の「嫉妬という感情」では嫉妬されるのが嫌、っていうことを書いた。

でも、実際、その人に嫉妬してるのは私じゃん、ってことに今日気づいて、なんということだろうかと。その人はたぶん子どもの頃勉強はあまりできなかったんじゃないかと思うんだけど、女性っぽいコミュニケーションをとっていくのが得意な人。井戸端会議の中心となるような。

その人が楽しそうに他の人とおしゃべりしてるの聞いてると、私心臓がバクバクしてくる。それは、その人のコミュニケーション能力に嫉妬してるんだ。べちゃべちゃとどうでもいいようなことを楽しくしゃべり続けられる人に私は小さい頃から激しくコンプレックス感じてきたし、今もそれは変わってない。一番嫉妬深いのは私だったというオチ。。。

あ、無視されてたのは完全になくなった。とりあえず平和。
先日の飲みで先生にこんなことを言われた。

(先生には私のメンタルな面を話したことがあり、そこから考えると)「necoxさんは普通にパートナーを見つけるのは難しい、そのあなたを受け入れてくれるだけで感謝じゃないですか」

なんとなく夢から覚めたような。

今も特に結婚したいわけじゃない。子どもだって全然ほしくない。一方で、いつかもっといい人が現れたら、っていう気持ちもなかったといえば嘘になる。

自分は対人面でハンディキャップを背負ってる、ってことをもう一度よく認識したほうがいいよね。根を生やしたくないのはやまやまだけれども、これを続けていったら、、、、、、


女性が喜ぶ会話の話題でカキクケコっていうのがあるそうだ。(「女性の心がわかる本」からの引用らしい。)

カ・・・買い物(ショッピングやバーゲンセール)
キ・・・着る物(ファッション)
ク・・・クッキング(食べること、料理すること)
ケ・・・結婚(自分の結婚についてはもちろん、他人の結婚にも興味)
コ・・・子ども(女性はおしなべて子ども好きである、これには小動物やかわいいものも含まれる)

これ見かけたとき、がーん、私この話題、全部興味ないじゃん、と笑ってしまった。

確かに、こういう話題、女性の中で多いかも。道理で話が続かないはずです。会話の材料、話題、ネタ不足になるのは、興味ないんだからしょうがないじゃん。(あと、スポーツの話題も、好きな人はすごく好き。それから何か大きな事件あったときの政治、経済、芸能、、、、要はテレビでやってるようなこと、わたし、全然興味ない・・・。)

分からない話題って、へえ、へえ、って聞いてるしかできなくて、途中でつまらなくなるのか、申し訳なくなるのか、女性は話をやめてしまう。これ、相手が男性だと、適当に相槌うってるだけで、平気で話し続けてくれたりするけど、女性って空気読むじゃん・・・かなり、うまく相槌うったり、ピントのあう質問とかしてあげないと、大概の女性って別の話題に変えてくるよね。

ココなんか読むと、徹子の部屋や、タモリのいいともや、さんまのまんまが参考になるそうだ。そうだよね、こういう会話の達人みたいな人って、すべての話題に熟知してるはずがないし、興味があるはずないものね。今はYouTubeで簡単に見れるし、気が向いたときに見て勉強しようかな・・・。
2008.09.06 10:30 | 人間関係 | トラックバック(-) | コメント(-) | edit |
立ち読みで読み切ってしまった。読んでる間は涙も少し出るくらい夢中だったのに、本屋を出たあと、なぜかいつも以上に落ち込んでしまった。どうしようもない暗欝とした気分。「うらやましい」というよりも「ねたましい」。それにひきかえ自分は、という無力感。

奇麗でいたいという気持ちだとか、生きたいという気持ちだとか、親への思いやりだとか、何かをしたいとか、そういうのが持てることがすごくうらやましい。おこられるだろうけど、私は不治の病もうらやましい・・・・・・どうせ私なら生きようとあがいたり、戦ったりしない。。。(そういえば治ることを放棄してしまうことに対応するレメディがあったよね・・・)

どうせ高評価だろうとAmazonを見てみたらやっぱりそうで、さらに落ち込む。素直に生きようと思えていいな。なんなんだ最近の私のこのムード。

余命1ヶ月の花嫁
発売元: マガジンハウス
価格: ¥ 1,470
発売日: 2007/12/13


こういう人のことを知ると自分の悩みなんてちっぽけになるものなんだって。わたしは共感する力が欠けてるんだろうな。わたしって可哀そうな人かもしれない。そうやってわたしのことしか考えられないんだもの。
人間関係のトラブルで、自分の影の部分に気がついた。大事にされて、優しくされているときには出てこない、私の攻撃的、支配的な部分。来週からの自分が怖い。私は何をしてしまうだろう。

===>チェリープラム??うーん、私は日本の桜のエッセンスが気になる・・・
眉を2回も教えてもらっても、ポイントがイマイチつかめなかったので、今回、自分の顔写真を大きくプリントアウトしていって、線を書き込みながらしつこく聞いた。やっと私が自分で再現できそうな、理屈つきの説明を引き出せた、万歳!

マンツーマンでは特に、教わる側だからといって受け身でいてはもったいないと思った。1回目に眉を教わったとき、「私は動きを覚えるの苦手なので、ステップに分けて説明してほしい」って言ったんだけど、意味を分かってもらえなかった。そりゃそうだ。それに今思えば、教え方を先に生徒に指定されるのは気分悪かっただろうな、、、、、、

3回目の今日、やっと、私の「分からない」と先生の「分かる」の接点が見つかった感じ。何度も話をして、先生も、私がどういう風に説明すれば分かるのかを分かってきてくれた。いかに私が門外漢なのかってことも。今どきの女の人が当たり前にやってることを、私がやってない、できないってこと。

今回みたいに自分が明らかに門外漢な場合、何が分からないのかを講師が分かるように説明するのは、受講者側の責任かもしれない。さらに、門外漢がこういう技術を1回の講習でマスターしようなんて、絶対無理だってことがよく分かった。自分でやってみると、できないものだ・・・。練習あるのみ。
実家はどこ?っていう話の流れから、「もうこっちに友達たくさんできた?」って聞かれた。その瞬間に硬い鎧が降りてきて、私が気づいたときには「(一瞬沈黙)もうこっちにきて随分経ってますから・・・」って言葉濁した後だった。

「友達」「たくさん」
・・・私このワードを怖がってるんだな、と、改めて認識。

友達がいない、または少ないこと=ニンゲンとしてダメなんじゃん?
・・・こう私は頑なに思いこんでいるわけで。だからこそ、私は「友達いるか」なんて質問を人にしようとは思いもしないわけで。

でも、その質問をしたのはいかにも「人間大好き!」っていう感じの女性だから、「友達そんなにいませんよー」とか言っても全然普通に受け止めてくれたんだろうな、本当は、と今になって思う。でも自動的に鎧に乗っ取られたんだから、そのとき、私はどうしようもなかった。

人付き合いは腹六分

っていう美輪さんの言葉、前にもメモしたことがあったけど
2006.06.08 人付き合いは腹六分
今日のオーラの泉(假屋崎省吾さん)では、私の心の別のところに響いてきた。(※今日の番組中で美輪さんがおっしゃってたことをまとめたのを追記に)

これ、苦手な人と付き合うときは腹六分で、ってことなのかと勝手に解釈してた。親しい人には全部見せるに決まってるじゃん!って決めつけてた。(美しいところだけ見せて、醜いところは隠しておく、ことに罪悪感を感じるからかもしれない。それは偽善だと。なんでも話すのが親愛の情の証だと。)でもそうじゃなくって、愛すればこそ全部見せない、っていう意味だったんだ・・・。

そう分かって、私が彼と離れた(別れたという言葉はあえて使わない)理由が、やっと言葉で説明できるくらいに理解できた。
2007.02.10 ひとりでがんばる。
一番大きい理由は、私が彼の負担になっているのが分かったから。これ以上負担になりたくないからだった。

エネルギー吸血鬼の自覚・・・

彼は基本的に聞く人だった。私が鬱々とした気分でいると、彼は私からいろんな話を引き出してくれた。大体1時間も話すと、私の気分がフッと持ち上がった。それとほぼ同時に、彼は「眠い」「疲れた」と言いだし、じゃあ寝るね、おやすみって。。。。。それがいつもの2人の電話だった。

前は「彼と話すと気持ちがすごく楽になるの!」「彼って聞き上手!」って脳天気に喜んでいた。でも、スピリチュアルな視点で見るようになってからは、自分のやってることの意味が分かって恐ろしくなった。

「被る」、とか「受ける」とか、「憑依」とか言われている現象。私は被りやすい体質なんだ(と、1年かけてやっと理解した)けど、彼はそんな私が受けたマイナス・エネルギーを私から吸い取って癒してくれるヒーラーの役割をしてくれていたのだと思う。(大手小町へセラピストさんがした相談、「悪い気を受け入れてしまう?」と似ている)

私がマイナスのエネルギーを取り込んでしまうのは、私がクヨクヨしたり、後ろ向きだったりして、マイナスの波長を出しているから。それを、彼は、全部もらっていってくれてしまう。それで私は(自分の波長で引き寄せたマイナス・エネルギーから解放されて)気分が軽くなる、というわけ。逆に、彼の穏やかで平和なエネルギーを吸い取る、と。

「エネルギー吸血鬼 (energy vampire)」って言葉が目に浮かんでくる。私にはそんなことしてる意識はないんだけど。彼にもたぶんないんだけど。でも結果はそうなってる。これを続けていたら、彼は枯れてしまう。

依存心のコントロール

もちろん、私がプラスのエネルギーを彼に与えることだってあるだろう。でもバランスの問題。この1年間、私が欝状態の日が多かったこともあって、圧倒的に私がマイナス・エネルギーを押し付けている状況が続いていた。彼は、ここ数ヶ月・・・いや半年以上?ものすごく疲れた様子だった。

今の私は、もし一旦連絡を取ったら、腹十分、彼がお腹いーっぱいになるまで話し続けてしまう。だから極端だけど連絡を絶った。いつか、もしまた連絡を取るとしたら、この「腹六分」ができる自信がついたときかな。

共依存の側面

たぶん・・・これは、私だけの問題じゃない。彼も、自分が身代わりになることを潜在的に望んでいたと思う。確かに、「好きな人を楽にしてあげたい」って思うのは当然だと思うけど、それによって彼が疲弊するのは、私が一番望んでいないことなのに。

所詮、対症療法だから、エンドレスなんだよ。それが私を彼に依存させることになるから。お客が離れられなくなるマッサージ店みたいに。

離れることを決めた日、私が「頼ってしまうから」と言ったら、彼は「頼ってくれると嬉しいし」って言ってた。それ聞いて、もちろん嬉しかったけど、こりゃだめだ、と思った。私の意志だけでは腹六分はできない。いったん離れよう。負担になるよりマシだから。。。(そのときは単なる直感で、言葉で表現できなかったけど、今、美輪さんの言葉を借りることで理解できた)

加害者にならないために

彼と離れている間に、私は、自分が受けたものを、自分で処理する方法を身につける。
マイナス・エネルギーをそもそも引きよせないように、人格を磨く。エネルギーは高いところから低いところへ流れるから、自分のエネルギーを高いものにする。

「もらえるだけもらっちゃおう」という潜在的な貧乏根性を手放す。与えっぱなしの態度を学ぶ。
「パワーは自分の外にあって獲ってくるもの」という潜在的な前提を捨てる。必要なパワーは自分の内から湧いてくる。つまり、外の光を頼りにしない。自灯明。
アダルトチルドレンの問題を克服するため、具体的な手段を講じる。

2007/02/15 昼
[ダルイ]エネルギーを吸う人について[吸血鬼] (特に138)がすごい参考になったので、気づいたことを追加した。138以外にも思い当たること多すぎ。
いろいろと考え、話し合った結果、彼とは「一旦」別れることにしました。私に環境の変化があったら、つまり、彼に依存しないで生きられる自信がついたら、連絡を取ります。

今まではずっと、私の不安も苦しみも悲しみも、彼が半分背負ってくれてた。だからこそ生きてこれた。でもこれからは彼はいない。1人で頑張る。

1人になるのは何年ぶりだろう。初めて彼ができてから約8年か、ずっと男性に依存し続けてきた。
でも大丈夫。もともとこの世にも1人で生まれてきたんだから!

   

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。