necox beta2.0

*しばらくコメント機能をお休みしています*

今日人事の人に仕事振りを褒められて、嬉しかったけど調子が狂う。一体なんなんだろう。私は細かいこと指示しなくても安心して任せられるんだとか。真逆なんですけど。細かいとこまで指示してもらいたいタイプなんですが!(でも今の会社ではそれだといらない人になってしまうので、おっかなびっくり自分の考えで行動してる・・・・・・)

どれだけおっかなびっくりやってるか、っていうの、本当に伝わってないのだろうか。それともあえて自信を持たせようとして褒めるのだろうか。上の人というのは・・・・・・

自己像と、たまに伝わってくる他人の私への評価の開きがありすぎる。いろんな人がそういうと、私の評価のほうが間違っているような気がしてくる。自己像が歪んでるということ?私の「私はできない」は嘘なの?


でも確かに、前、全部細かいところまで指示される会社で私はつぶれたんだよな・・・・・・それはそれで楽なようでいて、私には、本当は、向いていないのかもしれない。
初めてのテントによるキャンプ&バーベキューは成功。すごく楽しかった。蛍も見れた。来週がますます楽しみ。

でも、また、いつものことをやってしまった。キャンプ場に行く途中のバスの中に貴重品全部入ったポーチごと置き忘れたらしい。現金は全部抜かれたけど、それ以外は警察に届いてたから助かった。

こういうときにガミガミいわない彼の性格は本当に尊敬する。わたしが一番自分に呆れてて落ち込んでるのに、さらに怒られたらやりきれなかっただろう。

置き忘れは小さい頃から日常茶飯事だった。もういちいち覚えてないくらいたくさん。前は自分がぼーっとしてるのがいけないんだと当然のように思ってた。人はそう言うし。

でも、今は、注意力が不足してるっていう私の特性が悪いほうに出てしまっているだけで、視力が弱いのと同じように、自分を責める筋合いのことじゃないって思うようになった。

悲しいけど、本当に、十分すぎるほど注意しているのだ。忘れ物してないかいつも緊張して、しつこく確認してる。でも忘れてしまうときは、意識が別のところに飛んでしまっているときだから、いくら緊張したって気をつけようがない。。。

普段は、モノの持ち方を工夫することで防げるようになってきた。(具体的には荷物をできるだけ1つにまとめる)だから、アウトドア用の、置き忘れない持ち方をこれから工夫すればいいだけ。おやすみなさい。
PCの中から、2003年4月時点のメモ書きが偶然出てきたので追記に。

当時通っていた精神科では、アスペルガー症候群の疑いあり、と言われていた。これは、知能検査とロールシャッハの結果を聞いた日のメモ。(知能指数などの具体的数値は個人情報なので削除。)

その後、某大学病院で脳波を測定したとき、脳波の用紙にはslightly abnormalと記されていた。でも、他の検査も含めて総合的に判断すると、「発達障害の範疇には入らない」との診断。それを受けて、私は、自分が発達障害かもしれない、というアイデアを自分の発想から抹消した。

当時できなかったことが、ここ2年ほどで続々とできるようになってきている。だから、こういう検査を今やったら全然違う結果になるかもしれない。
タグ: ADD
そろそろ運動を考え始めています。ダイエットのためではありません。なんせ1日の大半を寝て過ごす生活を1年近くやってきているので、フルタイムの仕事に入るためには、どう考えても体力が持たないと思うからです。

ただ、どうやって体を動かすかが、なかなか難しいのです。ウォーキングもいいけれど、外へ出るのが怖い症状が強いときはストレスになるし。雑誌やWebなんかに載っている体操をトライしてみたこともあるのですが、動きをイラストで示されていても、私には複雑すぎて真似できない、覚えられない・・・これもストレスです。

私は「動きを真似すること」が子供の頃から苦手で、体育の時間は最悪でした。お手本を見ても、一度に覚えられる映像の1コマが小さいというか・・・ちょっと複雑な動きになると覚えられないので・・・オロオロしているうちに、授業が進んでしまいます。体育の通信簿はいつも「2」でした。

そんな運動音痴で複雑な手順が覚えられない私でも「ストレスなく」(←これポイント!)習慣にできるような、室内でできる体操法を今探しています。今のところ候補は、「真向法体操」と「ゆる体操」です。

1週間ステップアップ「ゆる体操」」という本が昨日借りられたので、1週間ためしてみようと思います。今日は2日目ですが、今のところ、私にも無理なくできる超簡単な内容で安心しています。

1週間後、ちゃんと続けられていたらまたレポートしようと思います。その後は、「真向法体操」にトライするつもりです。
土曜日、本当に久しぶりに彼と映画館に行った。「硫黄島からの手紙」。LUMBER ROOM: 戦争よりは〜を読んで、どうしても観たくなったから。

戦争映画だけど、悪趣味な演出がなくて、私にも最後まで見ることができた。うん、最後まで座って見ることができた!感想はそれにつきる。

でも、内容はよく分からなかった。登場人物の顔の見分けがほとんどついていなかったから・・・。最後の方でやっと顔と名前が一致してきて、その頃には、みんな死んでいってしまった・・・○| ̄|_

後で彼と感想を話し合っていて、私が、ストーリーをちゃんと追えてない、ってことがはっきりしてしまった。えっ、私そんなの見てないよ、えっ、あれがそうだったの!?とか・・・とても同じ映画を観ていたとは思えない^^

そういえば、私、映像(動いているもの)を理解するのが苦手だったんだと、久しぶりに思い出してしまった。最近、のだめカンタービレ楽しんでるけど、のだめは、登場人物が外見も動きも特徴ありすぎだもの。(だから私にも楽しめるのか!)

もともと、私が心療内科という場所を初めて訪れたのは、発達障害を疑ってのことだった。でも、何年か前、発達障害の範疇ではありません、っていう診断がついて、それから忘れることにしたんだった。不得意なこと。

得意なことと不得意なことのバランスが取れていないこと、ものすごく苦痛だったんだっけ。久しぶりに思い出して、今重い気分だ。でも、これはサインだと思おう。自分の得手不得手を、もう一度、棚卸ししてみなさいっていう。これは、得意なことを活かせる仕事に就くための大事なステップかもしれない。
タグ: ADD 仕事
「本能に忠実に。やりたくないことはやらない。心からやりたいと思ったことだけやる。」をモットーに、これまでずっと寝て過ごしてきたわけですが、今朝寝られたのが朝4時頃で早くも10時には眠っていられなくなりました。やっと寝るのにも飽きたのかな?(嬉)

それから掃除、1時間くらいやった。(掃除はここ数ヶ月やらなくちゃ、否、やりたいと思い続けていること。)けどもう燃料切れ。見回してみると、本や書類の山を、積み替えただけだ。。。どうやったら片づけられるんだろう。

あくまでやりたくないことはやらない、が重要なので、今は横になります。。。。。。。次に動きたくなるのをじっと待つのです。
最近、「願えば叶う」と心から思う。小さい頃からの夢が最近叶ったからだ。私の夢は「人が怖くなくなること」だった。一生叶わないのではと思っていたから、まさか20代のうちに叶うなんて、と最近嬉しくてしょうがない。(←追記:すぐ後で早とちりであることが分かります・・・

今思えば私の人生の20代前半までは、自分の「できないこと」にとらわれている間に終わったなあ。「できないこと」がいつも私の人生の邪魔をして、まさに自分との闘いだった。他人とのことなんて見えちゃいなかった(笑)

Amazon.co.jp:片づけられない女たち: 本「片づけられない女たち」を読んでADDという概念に出会ったときは、自分が「できない」と長年思っていたことをすごくうまく説明してくれたと興奮したものだ。私はこれだ!って思った。

でも、大学病院で検査を受けて、ADDではないと言われた。こんなに当てはまってるのに、と納得いかない気持ちはあったけど、「普通の人間」として生きていくことを決意した。そうしてもがいているうちに、この2年間で、「できない」ことが1つ1つ「できる」に変わっていった。

去年の3月ごろ、同僚の海外体験談を聞いている途中、頭の中でリンリンリーンと鐘の音が鳴り響いて、それまで思ったことのない思いが噴き出してきた。嘘みたいな話だけど本当に。

私が知っている世界だけが世界じゃないんだ、海外へ行ってみたい!って思った。

物心ついた頃から、「普通」になりたいと願っていた。「普通」じゃないと変わり者扱いされるから。だから「普通」を想像して演技する生活をずっとしていた。だけど、私が想像している「普通」は、海外ではまったく違うのかも?じゃあ演技している意味はナニ?って思った

それまでできなくて、その頃からできるようになったことがたくさんあった。頭の中のつながっていなかった回路がつながったような感じだった。抜けていたねじがはまったのかも(笑)

たとえば、考えながら話をできるようになった。それまではある話題で話している最中に、何か別の話題を思いついても、メモしておかない限り覚えておくことができなかった。その結果、まとまった話をすることができなかった。でも、その頃から、「ああこれは後で話そう」などと覚えておけるようになったので、話を取捨選択したり、順番を考えたりして、まとまった話をできるようになった。

それから、時間の感覚がかなり分かるようになったのだ。10分くらいとか15分くらいとか・・・の感覚が分かるようになった。(遅刻魔なのは変わらないけれど。)

まるで別の頭脳を手に入れたみたいで、自分でもびっくりしたなあ。

でも一番びっくりしたのは、「朝起きるのが辛くない」なんてことがあり得るんだ〜!!!!ってことだった。その頃、その感覚を初めて味わって、信じられないような気持ちだったなあ。

「普通の人は、もしかしていつもこんな気持ちなんだろうか。毎日がこれならなんて楽なことだろう。ずっと重苦しい、逃げ出したいような朝に耐えてきた私は、怠けものなんかじゃなかった」って思った。あまりに感動したので、その頃日記はつけていなかったのだが、どこかのノートの片隅に感想を書きなぐったことを覚えている。どこにいってしまったのだろう。もし見つかったら、今度こそ忘れないように、このブログにアップしたい。

それから、ずっと軽い朝を迎えていたわけじゃない。重苦しい朝の方が多かった。それでも、「できるようになったこと」はなくならなかった。そして、約2週間前、2回目の劇的な変化が起こった。人が怖くなくなったのだ。

この2回の変化で、「できること」が格段に増えて、あらためて、私が発達障害ではない、という診断は正しかったのだと思う。

その頃できなかったのは確かだし、それがどうして急にできるようになったのかは分からないけど、「できるようになりたい」、と執念のように願っていたことは、本当にできるようになったのだ。

だから、「願えば叶う」って今心から思う。どれだけ時間がかかっても。どれほど不可能に思えても。