necox

柳は緑、花は紅

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わたしがここ数年受けているメッセージのメモ。

・食生活を改善しなさい。

・頭で考えるのをやめなさい。

すると、本来の自分に、女性性に目覚めるんだそうです。

あるがままになったとき、私が求めている心の平安と生きがいが得られるのだそうです。
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久しぶり。書きたいのに、何をどう書いていいかわからないのね。
うーん・・・。

今日気づいたのは、人とつながることへの恐れ。
仕事って、人とつながって、人の役に立ってなんぼだと思う(ようになってきたのね)。
なのに、人とつながるのが怖い。だから進めないんだって気づいた。

恐れと対処する方法は、これまでいっぱい学んできたし、いずれなんの問題もなくなってる自信はある。
だけど、いま辛いのよね。動けなくなるのよね。

そういう自分を許す。責めない、それがポイント。うん。
以前「リバーシングで起こった癒しについて」という記事のコメント欄でねこさんに教えていただいた「天使の気功♪」の本を読みました(ねこさん、ありがとうございます♪)。

異色の本です。久々に本当に読んで良かったと思える、インパクトの強い本。

本当言うと、出版物で(笑)を多用するような書き方って好きじゃない。でも、そんなことどうでもいい!って思えるほどの深さと気づきと笑いがこの本にはありました。スピリチュアル系の本いろいろ読んできた人なら絶対くすっと笑うはず。

こういう本を読む人にとって、その本の著者を信じすぎない、依存しない(本にあるとおりやってれば願いは叶う♪みたいな盲信)というのは、実は最重要課題のようで、口を酸っぱくして「信じるものは救われない♪」と書かれてる。

そういえばそうだ!どんな考えだってそうなのだ。自分を明け渡して、外にあるものに頼っていたらまず幸せにはなれない。宗教だってそうだと思う。(ちょっと考えればわかるのに、多くの著者は、私の言うことを信じていればうまくいく!!っていう感じだよねぇ・・・)

書かれているワークは、本読むだけじゃちょっと難しいのでは。簡単さっていうとアファーメーションのほうが楽に感じる。マントラのようなものがあり、無意識に届きやすいというのはなんとなく納得するけど、覚えるまでが大変。。。

*:..:*・゜゜エンジェルたいっち♪公式HP*:..:*・゜゜
http://happyhappycrystal.com/taichi/

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Angel Hiro (angelhiro88104)

多くの人には、荒唐無稽な本に思えると思う。

今読んで良かった。自分の直感を100%信じられる今、読むことができて良かった。少し前の私なら、「だまされまい」「正しい知識だけ知りたい」みたいな心のガードにとらわれて、この本のメッセージを受け取れなかっただろうから。

この本を読む前、ひょんなことから著者の足立育朗さんの講演会を聴く機会があった。この人がどういう人かも知らないまま!衝撃だった。宇宙語を操るおじいちゃん・・・最初冗談かと思った。フゲーエキンサン?デビックする?(あとからわかったけど、この人はすべてのものを「さん」付けで呼ぶ・・・)でもあまりに真面目。言ってることがわからなさすぎて、かえって、本を読んでみたい、という気になった。

そして2回くらい通読した今、まだちゃんと理解できたとは言い難いけど、生まれてきてから(記憶にある中で)いちばん、謙虚な気持ちをもてているかもしれない。

人間って他の生物よりもエライんだと当たり前のように思ってた・・・なんとなく。「サルでもわかる・・・」みたいな表現に違和感なかった。人間が他の生物より進化してるって、今の文化では暗黙の了解みたいなもの。

でもそうじゃないかもしれない・・・って薄々感じてた部分があったらしい。あまり考えたことなかったけど、この本読んで、あー、そう考えればつじつまがあう。それもありかもしれない。って思った。

この本の内容の真偽は知らないけれど、「客観的な真実」なるものでなく、自分が「どう考えるか」「どう思うか」それによって自分は「何をするのか」が人生を変えるって経験で分かったから、その意味で、この本は今の私にとても必要な気づきをくれた。

今まで、非科学的なものを実用で使ってしまうことへの遠慮がどこかにあった。フラワーエッセンスとか・・・明らかに効果があるのに、科学的には証明されていないものなんですけどね、ええ、、、、怪しくてごめんなさい、みたいな。

逆に精油とか、化学成分とか出てるから堂々と趣味として言えるけど、でも実際、フラワーエッセンスとおんなじように使っちゃってるし、、、、食べ物だって、ときどきフラワーエッセンス的に効くよ?とか。

ぜんぶ波動だと、考えれば、今までの経験がすべて説明できてしまう・・・。わたしは、今までより自信もっていろんなことを試せる気がする。

逆に、非科学的なものは科学的に証明されているものよりもすごいんだみたいな変なプライド?みたいなのがあったりとかしたんだけど、そういうのもなくなりそう。すべては同じ。

「理屈抜きにこうだと思う」が「頭で理解する」よりもこんなに大切で、広くて、自由で、真剣で、大切なことだなんて・・・小さい頃からわたし、何やってきたんだ!!!という気持ち。

うん、本当に生まれてから一番、今が謙虚。

足立 育朗
ナチュラルスピリット
発売日:2007-03

発売と同時に買って、ほぼ積ん読になっていたもの。なぜか今朝目にとまって朝電車の中で読んで驚愕。昨日の気づきの続き、というかなんとなくすっきりしなかった部分への答えが書かれていたから。
”「愛される、喜ばれる、役に立つ、それも立派な生きる目的です。でも、それを支えるとでもいうべき、大きな何かが、植物にはあるのです。そしてそれは、実は人間も同じなのです」” (P29)

働けない人、働いていない人には生きている価値がないのか?っていう問題だよね。役に立っていなくても、人にほめられるようなことできなくても、、、、、、、価値がある、というならそれはなぜか。それは「存在」そのものなんだって。存在してるってことそのものが一番、大切なことなんだって。こう私がまとめてしまうと陳腐だけど。まだこの概念、吸収しようとしてる途中だし(実感ともなってない)。

植物に「根っこ」を見習いなさいって説いてる。そして大地に根差し、土壌から養分を得て成長し、それによって大地を支え水を循環させ、他の生き物を育む。これ、すごく重要なこと言われてるっていう気がするんだけど、残念ながら、まだ私にはまだピンとこない。ただ、第一歩として「自分には、根っこがあるんだ」って認めるだけでいいとのことなので、とりあえず認める練習をしようと思う。

生きているのがイヤだった期間が長いので、結構難しい練習。でも、私が働く意味を見つけたい、って最近思いはじめていながらも迷走している状態を打開する鍵はこのあたりにある気がする。
この本には、人の視線が気になる人への(短いけど深い)アドバイスもあったりして、それもおすすめ。
ブクログに一度書いたものだけど、やはり、本の感想はブログで一括管理したいので、昨日の日付で転載します
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なぜ働くのか、について大きなヒントをもらった。

幸せには(1)人に愛されること、(2)人にほめられること、(3)人の役に立つこと、(4)人に必要とされることの4つあって、そのうちの(2)と(3)と(4)は働くことによって得られるのだという。家でのんびり楽しくやることが幸せじゃないらしい。

よく考えてみると、私も日々の仕事で(2)、(3)、(4)の幸せをいただいている。少しだけど・・・。少しなのは、自分がそういう方向性で仕事してきてこなかったから。そもそも、今の職業選んだ理由が、人とできるだけ関わらないですむからだもの。。。。。。。

「働かなきゃいけない」のはイヤなことで、「働かなくてもいい」のは素晴らしいことだと思ってた。できるならずっと寝ていたかった。つまり、食べていくために嫌々やってたんだよね。

嫌々仕事してる自分はがんばってる!→人を喜ばすなんて発想出るはずない→感謝されない、必要とされない→仕事がイヤ

の無限ループだったのか・・・。人に必要とされることで自分も幸せになるって、今の私なら、ありかもしれないと思う。これからの仕事探しの方向性が1つ明確になった。
最近あまりブログを書かなくなったのは、いまだに少し残っている「完璧主義」のせいが大きいと思う。

気づきや変化のスピードが本当に早いのだ。「ちゃんと書きたい」から「あとでまとめよう」って思ってると、机に向かう時間ができたときには、もうそれが自分の中でホットな話題じゃなくなってる。

ホットな気づきを投稿するツールとしてTwitterがあるじゃん!って思うけど、わたし、本音では、単純なツイートでもぱっと検索してプルーフとってから書きたいタイプ。ぱっと検索するには出先のWillcomは遅すぎる。

しかし、正しさってなんだ。ブログとか、Tweetとか、書き流して、時間とともに流れていくものなのに。

わたしはずっと正しさにこだわってたけれど、私がアウトプットするものは「情報」である以前に「表現」であり、「正確性」なんてどうでもよかったんだ・・・

これから、もっと気軽に言葉を出していくようにしてみよう。別に間違ったこと書いてもいいじゃん!って、、、今ならなれそう。正しさへのこだわりが、ガラガラと崩れ落ちてきている今なら。
子どもを生きればおとなになれるを読みはじめた。

AC関係の情報を欲しなくなって随分経つし、この本を図書館に予約したってこともすっかり忘れてた。でも、今このタイミングで手にしたことにもちゃんと意味がありそう。

p35のサンディの例が印象的だった。私にはできないこと。

やっぱり、今、「パワー」がキーワードみたい。目の前に起こっていることについて、私は無力な子どもに成り下がってしまう。私には「なすすべがない」「そういうもの」とすぐ傍観者になってあきらめてしまう。仕切ってくれるひとのの介入を待ってしまう。いまでも。

必要なのは、パワーを取り戻す作業。そのために、もう一度暗闇をのぞく勇気も必要かもしれない。

*翻訳とは思えないくらい読みやすくて、やさしくて、パワフルな日本語も素敵*
最近、「イメージする」ってことへの苦手意識が和らいだ気がする。

すごく楽に、思った通りのイメージをできるようになった・・・といっても、いまだにリアルな映像が頭に浮かぶなんてことはまったくないのだ。映像として綺麗に再現されているかどうかなんて何も関係ない、ってことに気づいた。だって、私がそう宣言したなら、それだけで、そう、なのだ。別に「見えてる」必要なんかなかった!

「思い」がすべてを作ってるらしい。今は、守られていますって宣言すればそれだけで、本当に守られているような感覚になる。見えてる必要なんてほとんど感じないな。

私の脳はどうやら映像よりも言葉の処理の方が得意だから、言葉を使うアファーメーションの方と相性がいいのかもしれない。

***

そういえば、最近見つけた、アファーメーションに感情乗せるコツ。実はまだ心からそう思えてないんだけど、、、、ていうアファーメーションするときは、心からそう思えるフレーズを時々混ぜてみる。

たとえば、「私は美しいものを見るのが大好きです!」って宣言して美しいものをイメージして、とってもいい気分~♪になったところで、そのいい気分をそのまま「私は自分が大好きです!」に乗せて言い切る!いつもより、抵抗が少なくなる気がする。

これ、苦手な人に"愛"を送るのにも使える。苦手な人思い浮かべて「○○さんが大好きです」って言おうとするとかなり抵抗あるんだけど、私は猫のふわふわなとこが大好きですっ!!カレーライスが大好きですっ!!ってひたすら好きなもの列挙していい気分になった後だとなんかすらっと言えてしまったり。
今とても感動してる。音楽っていいな。。。人とのつながりっていいな。。。あたたかいものに手を伸ばしたい気がする・・・・・・前はそこに自分とを隔てる分厚いガラス板があると思いこんでいたけれど、それは幻想で、意図すれば消せると気づいてしまったから。

ああ、自分のホントを表現していいんだなって思う。この世界は安全。

会社でも、気づいたら今結構そんな感じになってる。あいかわらず欠陥だらけだけどさ、ありのままの自分を結構出せて、というか格好つける余裕なんてないから本体出すしかなくて、至らないところ丸出しだというのに、だからこそ?、周りの人って助けてくれたりするものみたい。嫌なこともあるけど、人ってあったかいのかもしれない。。。。。。そんなにガチガチに構えたりする必要ないのかもしれない。。。。。。。

話は違うけどあらためて、「書くこと」って私にとって重要な癒しのツールなんだな、とふと思う。しばらく、一言でもいいから、内容なんでもいいから、また毎日更新してみようかな。
好きな人を本当に大切にするには(そのことを表現するには)どうしたらいいんだろうっていうことを考えてた。

私の場合、自動運転にまかせてたら、知らず知らずのうちに親のコピーをやってしまう。でも親のやり方は、、、、、、子どもの頃の私にとってすごく辛いものだった。経験上、うまくいかないと分かってる方法が、私の方法。その連鎖を、私の代で断ち切るっていう気合いだけはあるのだ。そのためには、意識して行動を選択していかなきゃいけないのに、どうしたらいいか分からなくなる。

ただ1つ、あらためて、自分を大切にすることが必要だって思った。私が消えたら、私が作り上げてるこの世界もろとも、消えちゃうんだもんね。まず私が私として自立してることが大前提。

自分をいい加減に扱っておいて他人に示す誠意や愛情なんて、偽善でしかない。

だから。結局、日々の生活を大切に。自分を大事にケアすることをがんばろうっていうところに戻ってきた。心からそう思えたら、あとは簡単♪
最近、上に向かって「~を教えてください」「気づかせてください」系で問いかけたことについては、大体何らかのかたちで答え(気づき)をいただいてる。

でもまだふわふわしてるのは・・・一番大事なことを聞けてないから!!!宇宙とのコミュニケーション力?私は人に何聞いたらいいか分からないのと同じように、宇宙へも何を問いかけたらいいのか分からない。

ああ、聞けないのは「抵抗」があるからか。道が示されたとして、私は、足を踏み出す覚悟があるか?

人に対しても、そうなんだ。かえってきた答えを、ジャッジせずにそのまま受け入れる覚悟があるか。人も自分も、そのまま受け入れる覚悟、するだけなんだ。そしたら、どんな答えが返ってきたって自由にしゃべれる。そんな風に、なれたらいいな。

覚悟、覚悟、覚悟、、、、、、、今のわたしに一番必要なもの。やっと力が湧いてくるようになったのに、それをうまく使えてない今。だって私は今までずっと被害者で、受け身で、刺激に圧倒されながらその場をやり過ごすことしか考えてこなかった。

今私は、なんでも現実化できるパワーを持っていることに気づいてしまった・・・・・・。私は与えられた「わたし」っていう素材を、最高にも最悪にも変化させられる力を持ってる。すべてこの私次第。その力、できることなら留保したい。。。。。。それが今の本音。これは抵抗?なにかが怖いんだ。

だって、面倒くさいよ。パワーとか格好いいこといったって、結局は、日々の生活を大切にすることなんでしょう?私が今までおろそかにしてたこと。丁寧に料理して、お掃除もきちんとして、美しい部屋に美しいものに囲まれて住まうとか、自分に似合うものを知り、日々の美容に手をかけるとか、、、、、つまり自分を大切にすること、その力が私にあるっていうんでしょ???

私、自分を大切にすることに対していまだにものすごい抵抗があるらしいの。自立した女になっていいって、、、まだ心底思えてない?それは、両親の影響??自分が決めてる?どうして?

先日書いた元夫への怒り は、まるでリバーシングを一人で勝手にやってしまったようなものだなぁ、と思った。今まで感じられてなかった怒りの感情が吹き出した。

でもその後、元夫と行ったカラオケ楽しかったなぁってことをぼーっと考えてる自分に気づいた。そういうことも今まで忘れてたんだよね。それこそ、「たしかに」そこに愛はあった!って気づいた。

闇を直視することで、逆に、光に目がいくようになるのか・・・。

それは自分の過去すべてに言えること。私は今まで若い頃のことなんて思い出したくもなかった。辛いことばっかりだったから。けれど最近、母校を訪れたり、学生時代にアルバイトしてたチェーン店のお店に行ってみたり、、、、、無意識にそういうことをやってた。なんのためにそれをしてるのか自分でも分からないまま・・・それこそ「なんとなく」。

ここ数日で、その頃だって楽しいことがあった!ということを思い出しはじめた・・・。

私の過去は真っ黒だと思っていたけど、本当は白も黒もあったんだ。今からでも白に目を向けることができるってすごい気づき。

記憶って、、、変えられるんだな。
最近のわたし、A5ノート1冊を1ヶ月経たないうちに使いきってしまうらしいんだけど(日記というよりは、気づきのメモと、感情の捌け口)、今日ノートを交換するときに3月下旬からのメモを見直した。

いろんなことがあったんだな。最近の願望叶いまくりな状況に突入するきっかけらしきメモをみつけたので部分抜粋。

3/19 7:30
私はもう心を閉ざして孤立しているのは嫌なのです。もう嫌!私が殻を破れるようにサポートしてください。助けてください。私は流れにまかせます。コントロールはやめます。逆らわないで身を任せますから、導いてください。私に分かるようにサインをください。私はちゃんとそれに従いますから!!

「私に分かるようにサインをください!それに従いますから!」、、、、、、これがきっかけだったんだ。きっと。「なんとなく」のセンサーの感度が目に見えて上がってきたのは、このころから。
Twitterに書こうと思ったミニ気づきなんだけど、40文字では足りないのでこっちに。

今日会社出るときにふと思ったのは、実は私、精神的にめちゃめちゃ強くない?ってこと。

今でも会社にいるときは常に緊張してて、人の顔はほとんど見れないし、人が通るたびにビクッとなって、そうなってしまったことに対して赤面して、息ができないくらいに苦しくなるのしょっちゅうで、トイレにいくのもタイミングをみはからって、、、ていうのを毎日やってるわけ。昼食は毎日一人さっさと出てくるわけ。

これを8時間×週5日やってて、どうにかならないって、私よっぽど強いよ!って思った。こんな私が精神的に弱いと思うなんて馬鹿げてる。

まあ、Louiseさんがどこかで"Tension is weakness"って言ってたとおり、心を硬く閉ざしていること自体は弱さなのは事実。でも、自分で作り出したものとはいえ、その辛さに耐えて、会社に行き続けてる自分のしぶとさ、強さは素直にすごいと思う。
あーこれだ!これからの方向性。

私は心の癖がかなり強い。他の人とは違うところもたくさんあるけど、別に矯正しなくていいんだ。ただそれなりに生きていていけばいいだけだった・・・。

「ちょっと言葉が出にくい」とか「文字通りにしか理解できない」でコミュニケーションにハンデがあるけれど、私それ、今までごまかしたり、演技したりばっかりで、そのこととまともに向き合ってなかったわ。

言葉が出にくいなりに、誠心誠意伝える努力をしたか。口頭で聞いた説明がうまく理解できないなら、理解できるまで聞こうとする姿勢を見せたか。してない。他の人みたいにスムーズにコミュニケーションできていない自分が恥ずかしくて、できてるふりをすることに一生懸命になってた。

本当の自分を隠して多弁であったり朗らかであったりすることになんてなんの意味もない。

すらすらしゃべれるようになることへの憧れを、一旦あきらめたほうがいいみたい。しゃべれるようになることより、しゃべらない自由を手に入れるのが先だ。何話していいかわからないなら、別に何もしゃべらなくていい!

軽視されるのは、ほんとの自分を隠してるからもあると思うよ。
会社にいる時間は、ただ今、地獄のよう。別にいじめられてるわけじゃない。ただ私の心が地獄を作り出しているだけ。

昨日やっと転職のためのアファーメーションを作った。これから本当にアファーメーションを一生懸命やろうと思う。アファーメーションそのものはここには書かないけれど、ルイーズさんのアファーメーションをベースに、キネシオロジーで聞いてもらった「私が仕事に対して絶対ゆずれない条件」を盛り込んだ。ネガティブ思考は絶え間なく襲ってくるけれど、私は、思考を自分で意識的に選択することを選ぶことにする。

なぜなら・・・オーダーしたことは本当に叶うらしいから。数ヶ月前に「こうしたい」って宣言したことのいくつかが今現実になってることを今日意識した。

1つは脱毛。脇の脱毛をしたいと決めたのはたぶん半年くらい前だけど、どこも怪しげで躊躇してた。でも、絶対良いところ・・・お値段が安めで、効果が確かで、雰囲気のよいところ・・・を見つけると決めてた。先月、本当に見つかった。2件体験だけして却下して、3件目で。結果は大満足で、1回のレーザーだけでこんなに楽になると思わなかった。毛の周期があるので実際に全部なくなるには3ヶ月ごとくらいに何回か行けなくちゃいけないんだけど、雰囲気も(私にとって)理想的なので、次に通うのも苦じゃない。

もう1つはネイル。セルフネイルケアは一時期、精神高揚効果がすごいと思ってやり始めたんだけど挫折した。ネイリストの人と毎週顔を合わせるのが負担だったのと、自分で爪やすりかけてみたら2枚爪になって割れたりガタガタになったから。元に戻すのに3ヶ月かかった・・・。今は何もしてない。でも、ベイシックなセルフネイルケアを教えてくれる教室をみつけたら行く・・・と決めていた。そして最近、たぶん、見つけたと思う。来月いってくる予定。もし良かったらここに書くかも。

こう並べると、私が美容にものすごく興味があるように見えるけど、全然そうじゃなくて、一旦「決めた」だけで優先順位的には下の下なので、自分から調べようという努力とかはほとんどしてない。(脱毛の方は少しは調べたけど、ほとんど直感だった。)だから数ヶ月~半年くらい時間がかかってるけど、ちゃんと叶ってるんだよね。正直、自分が永久脱毛する日がくるなんて、1年前は考えもしなかったし、決めてからも現実感なかったけど、叶ってる。

よく言われることだけど、オーダーしたらあとは忘れちゃうくらいが叶いやすいってのは本当かもしれない。自分が死活問題だと思ってること・・・転職について・・・についても、潜在意識を信頼してみようか。そして、思ったことは本当に叶っちゃうらしいので、ネガティブな思考は捨ててしまおうと思う。

始められないんだよね。就職活動。

で、先週末くらいから腰の痛み。あまりないことなので、喜んでYou Can Heal Your Lifeの病気のリストを見る。
Back Problems (Lower) - Fear of money. Lack of financial support.
Hip Problems - Fear of going forward in major decisions. Nothing to move forward to.

さらにここ数日は右膝も痛い。これも普段はまずないこと。
Leg Problems (Lower) - Fear of the future. Not wanting to move.
Knee Problems - Stubborn ego and pride. Inability to bend. Fear. Inflexibility. Won't give in.


もし歩き出したら、そこは崖で、まっさかさまに落ちていきそうで。足がすくんでる。流れに逆らって、頑なになってまでも、踏みとどまっている、のかも。

死について、別の見方が出てきてる。

マイケル・ジャクソンの死を聞いたとき、最初、ほっとした。死ねてよかったね、って思った。ほとんどマイケルに興味なかったのだけど、好きだった曲"Heal The World"をYouTubeで聴いたら涙が出てきて。(マイケルの死が悲しいとか惜しいとかっていうんじゃなくて。)


Heal The World / DANGEROUS ~ ザ・ショート・フィルム・コレクション [DVD]
歌詞と日本語訳はここ

最近ずっと「エゴをなくす」っていうコンセプトが分からなくて考え続けていたのね。この動画を見て、初めて少し何かが分かった気がした。皆平和を願っている(らしい)のになぜ争いがなくならないのか。。。。。。もしかしたらほんとうに、皆が「私が」という気持ちを捨てて、ものすごく綺麗な心になっちゃうしか、ないのかもしれない。抵抗あるけど。私は私が大事だし、思い通りにしたい。。。でもみんながそうだから争うんだよね?

それと関係あるような、ないような、Steve Jobsのスピーチを昨日から何度も聞きなおしてる。

Remembering that I'll be dead soon is the most important tool I've ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything ― all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure - these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important. Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.

まだうまく言葉にならないんだけど。ずっと死にたかったけど、それって死がすごく遠い他人事だったから思えてたことかもしれない。「人間は致死率100%なんだから」「やる気のスイッチ!」p158)
私の言う「うつ状態」っていうのは、それまでフツーにできてたことができなくなる、っていう状態。

やっと自炊できるようになりました。
 →バナナの皮むくのも嫌。ていうか冷蔵庫から野菜出すのも億劫。
やっと朝起きられるようになりました。
 →布団から出られない。会社には5日中、4日タクシーつかった。。。
やっと毎日お風呂入れるようになりました。
 →お風呂が億劫で入れません。5日中、3日風呂入らず行った。。。くさかったかも。

以下ゴミだし、洗濯、そうじ、、、全部ぐだぐだに。

やっと習慣になって、特にがんばらなくても自動的にできるようになった「フツーのこと」がまたできなくなった。

そういう私に対して「この怠け者め」という感情はわかない。まあ、どう考えても一時的なことだし。それに何より、「できる」ってことはそうたいしたことじゃないんだよ。毎日掃除洗濯炊事きちんとできてる人とかっていうのは、それが習慣になってて、そうしないと逆に気持ち悪い、くらいなもので、それを大変だとか、辛いだとかなんて、そうそう考えちゃいないものなのだ。

しかも、それをやり遂げた自分に対して肯定感や自信を持てるというオマケもついてくる。エネルギー消耗するどころか、エネルギーを生み出す流れに乗って、そりゃもう、楽なんだよ、そういうモードにいる人は。ついこの間までそうだったから分かる。

私が今そのフツーのことしようとすると、エネルギーえらく消耗するから。あるのは、じゃあ、今、どうすれば一番いいんだろう、っていうことだけ。

横になってるのが一番楽なんだけど、寝てるだけだと経験上、自己嫌悪サイクルにまっさかさま。とりあえず、来週の仕事に悪影響を出してしまう「洗濯」だけやりつつ、You Can Heal Your LifeのDVDが見れるかどうか確認してみようと思う。リージョン違いなんだけど、ためしに買ってみた・・・
この2つのオーディオブックを最近ずっと聴いてる。どちらも内容が素晴らしい上に、著者自身の心のこもった朗読。しかも、2人ともカツゼツが良く聴きやすい。

You Can Heal Your Life
著者: Louise L. Hay
発売元: Hay House Audio


Happy for No Reason: 7 Steps to Being Happy from the Inside Out
発売元: Simon & Schuster Audio
クリエイター: Marci Shimoff (監修) ,
Carol Kline (寄稿) , Jack Canfield (序論)


この2つのどちらにも出てくるのが鏡を使ったエクササイズ。鏡に映った自分の目を見て褒めまくる。それを、昨日くらいから実際にやり始めた。

今まではそういう方法を読んで、へーそうなんだ、で終わらせてたけど、行動に移せるようになったのは大きい。習慣にしたいなと思う。

自分を変えるために最も楽で効果がある方法は、「習慣」を味方につけることだと思う。無意識にやってること、いつもの考え方のパターン、、、、、、そのつもりはなくても、わたしたちは一日のかなりの部分、習慣で動いてる。それに意識を向けて、意図的に選択することで、人生は確実に変わっていく。(ルイーズさんの本の受け売りだけど、本当にそうだと思う)

ちょっと前から習慣に取り入れたのは、ピアノレイキの本に載ってた「トイレ・デトックス」。用を足しながら、「今、自分の中の悪いものが、一緒にドンドン流れ出ている」と意識するっていう。

いくら強力な手法でも、とても毎日の習慣にはできなさそうな面倒くさいことを1回やって終わりにするよりは、毎日必ずやるようなちょっとしたことを実際にやってみる、習慣にしてみるのが、実はものすごく大事なんだと思う。
もしも10年前の私に一言アドバイスをすることができるなら、「好きなことをすればいいんだよ」「やってて楽しいことをすればいいんだよ」っていいたいな、って今日ふと思った。

ハタチくらいのときは、わざと苦手なものに挑戦することを美徳としてた。人とコミュニケーションをとるのが上手になりたいからサークルに複数所属するとか。理系は全然興味ないから理系学部に進学するとか。でも今思うと、それで身についたものって何一つないんだよね。全部途中で逃げる羽目になったし。

結局今も、昔から好きで得意だった(だから努力してこなかった。後悔。)ことでお金を稼いでる。一体なんのために、まったく自分が興味ないことを嫌々やり、そのことを大好きな人たちの中でわざわざ焦りと劣等感と疎外感感じてたんだろう。その時間を「自分が」興味あること、好きなことに使っていたら、今頃は自分の核となるような分野が見つかっていたかもしれないのに・・・・・・

たぶんね、やりたいことっていうのは、今はないけれど、きっと、好きなことをやってる延長線上でいつかみつかると思うんだ。だから、今少しでもやりたいこと思ったことやるべきだと思うんだ。気乗りしないことは無理にやらなくてもいいと思う。寝てたいなら寝てればいいと思う。

「早くこの時間が過ぎるといいのに」って思うような環境にいる必要なんてない。それが仕事ならともかく。
ひとつ、私が恵まれていたな、ありがたいな、と心から思うのは(ほんとはもっともっとたくさんあるんだけど!)、小さい頃に本をいっぱい読んだことだ。

本当のところは、休憩時間に一人ぼっちでいる言い訳として、「本好き」を装ってただけだったんだけど、結果として、文章からいろんなことを読み取る力がついたし、考える力も、そして考えたことを表現する力もついた。これは、自分の人生を切り開くための強力なツールになる!(・・・って今になって気づいた。)

本やブログなど、「自分以外の人の文章」を読むことがなかったら、今の自分はないだろう。

・・・だから、私に「ルパン対ホームズ」を面白いよ、って薦めてくれて、読書にはまらせてくれた、小学校の同級生(もちろん音信不通だけど、顔は思い出せる!)に感謝だな。そう考えていくと、世の中にはなんて感謝することがたくさんあるんだろう。

*本当は、同じ意味で、いろんな人といっぱい世間話をすることは重要なのだと思う。でも人が怖いんなら、無理して人と関わるより、好きな本を楽しく読んでるほうがずっと良かったんだな。中身さえあれば、いつか人と話をするようになったときに、(健全な人なら)ちゃんと扱ってくれるはず。。。*
初めて手書きの文字で宛名書きした封筒が無事届いたみたいで、丁寧に梱包していただき恐縮・・・との評価。実は梱包自体は簡素。だからこれはきっと手書き効果。

丁寧に宛名書きしてあるだけで、丁寧に包んでくれたかのように見えるのだろう。それはなんとなく分かる気がする。自分が受け取るときもそうだもの。

他人に自分の文字晒すのって抵抗があったけど、もっと表現していいし、したほうがいいのかも。
今日の7人家族の真ん中で。: 事件後を読んで号泣。

姑さんの少しの?勇気が、ファッジさんだけじゃなく、一読者の私の心まで揺さぶる力持ってるんだよ・・・。すごい力だよ、言葉って。

自分の非を内心認めておどおどするだけなら簡単だけど、それを言葉で伝えられるのってかっこいい。本当の気持ちを言葉にしたからファッジさんの心も動いたし、今までも正直な気持ちを言ってきたから、それが言える関係(絆?)ができてるんだよね・・・

相手が喜びそうなことばかり言って、顔色うかがって生きてきた人だと、きっとこうはいかない。
私はかなり長い間、何にでも「正解」があると思ってたみたいだ。そうじゃないってことは頭では理解してたし、自分はちゃんとそう思えてるつもりだったけれど。。。

万人にあてはまるただ1つの正解なんてものはないだろうってことは理解できてた。でも自分のことになると、、、、何かぴったりの方法があって、それに出会うことができたら・・・・・・ある日突然対人恐怖が「治っちゃう」んじゃないかとか。

ありえないね。

東京出てきてすぐ話し方教室行ったのも、その教室通って人生変わりました!っていう、そこの○○先生大絶賛の本を高校時代に読んだからだった。

「○○に出会って私は変わりました!」っていう話は巷にあふれているけれど、それ「だけ」で変わるってことはないと思う。その人の記憶の中ではそうなのかもしれないけど、実際にはタイミングだったり、それ以外にも些細だけど意味のある体験がたくさん積み重なって、その結果になったはず。

もしもそれオンリーで人を変えるものがあるとしたら、それは危険な気がする。人が自分の成長をすべて○○のせいにするってことは、それがない自分の価値を認めてないってことだから。宗教への妄信なんてのはそのたぐいだと思う。人を依存させるワナだ。「先生」になりたがる人も疑っていい。



・・・ってなことを、最近統計学を少しかじる機会があって思った。ある製品の性能は、とんでもなくたくさんの要因が複雑に絡み合った結果。一口に性能を改善しよう、っていっても、どの要因が性能に一番影響を与えているのか、を判断するだけで一苦労らしい。人工的に作り出した工業品ですらそうなのに、、、、、、
観月環さんの講演会にいってきた。すごく可愛い人だった。私も年とったらあんなになりたいなーって思った。

怪しげな団体なんじゃないかと、自分の目で確かめるつもりで行ってきたんだけど、ご本人はとても素敵な人だった。

講演の内容についてはいろいろ思ったこと、刺激を受けた言葉などなどあるけれど、整理できてないので詳しく書かない。

観月さんに出会ってこんなに変わりました!っていうお弟子さん?のスピーチまであったんだけど、その人の話聞いて、ああ、私も変わった・・・って気づいた。だって、その人の話、ここ数年の私の変化とそっくりだった(もちろん度合いとかは比べられないけれど)。10kg痩せたとか、何が起こってもまいっか、って思えるようになったとか、そういうことは、特になんかの団体に所属しなくても可能。

小さい頃から自分を変えたい、頑張れば絶対変えられるって執念深く思い続けてきたら、ほんとうに変わったよ!

その間大きな発想の転換が必要だった。それは何かって言うと、自分は駄目だ、駄目だから変えなくちゃ、って思ってたときは、全然変われなかった。

駄目な自分でOK、もう無理しない、隠さずに恥をさらそう、やりたくないことを無理してやるのはやめようっていう風に、自分を喜ばせる、(甘やかすとも言う?)方向に舵を切ったら、バタバタと変わって行った。まだその途中なんだけど。まだ取り繕ってばかりだし。でも変容中。
風邪引くたびに思うけど、体調か、怪我でもいいんだけど、どこかに分かりやすい不調があるのって精神的に楽だな。それに立ち向かうっていうこと自体が「生きる」ことの意味として浮上するから。不治の病に陥った人が「生きたい」って思うのは、それも関係してるのかもしれない。その人たちには、生きる目的があるわけだよ。

ふ、今のフラワーエッセンスブレンドにFESのセルフヒールを追加。
2008.10.04 10:26 | 気づき | トラックバック(-) | コメント(-) | edit |
海外経験の長い人と話すたびに思うのは、私の病(と仮に言う)は日本病だ、ということだ。「個性があってはいけない」というのは、人が生きることそのものの常識だと思っていたのに、、、、、真逆の国もあるんだよね。前にも何回も書いてるけど、私が傷ついたり、自分を嫌悪したり、萎縮した理由は、日本でしか通用しない「常識」だったかもしれない。

やっぱり、海外に行くことに決めた。絶対、私は海外で暮らす経験を持たなくちゃいけない。せっかく地球というところに生を受けたのなら、日本だけ見て死ぬのはもったいなさすぎる。

問題は、どうやって出るかだが、それはこれから考える。とにかく、決めた。

2008.09.28 00:57 | 気づき | トラックバック(-) | コメント(-) | edit |
人並みはあきらめようかな(まだあきらめてなかったのかw)

やりたいことを、他人の評価とか考えずにやることにする。(ってずっと言ってるじゃん!)

今日から、NHKのラジオ講座の新年度。懲りずに再スタート。月水金の放送からまた毎日の放送に変わるらしく、本当にうれしい。やはり、ラジオ講座は毎日じゃなきゃ。

こういうのって、フラワーエッセンスと同じで人に言えない(何か後ろめたい)趣味。人って努力してることって言わないものなんでしょう?(というのが私の学んだ”常識”)でも本当は、子供の頃でも私の唯一といってもいい楽しみだったわけで、そういうの好きな人がいても、許されていいんじゃない?

私も、分かりやすい「エンターテインメント」に興味を持ちたかった・・・けど無理だった。無理して興味ない映画を見たとするでしょう?人と話してて、その映画が話題に出ました。映画見てなければその話には入っていけない。でも、仮に見たことあっても、涙ながらに感動をシェアする人の前で「早く終わらないかなーと思ってた」なんて言えないから、結局意味ないのよ。

だから、人がなんて言おうが、自分が好きなことを趣味だって言いきってオープンにしてもいいんじゃない?何を好きなのかわからない謎の人でいるよりも。


***ただ、ラジオ講座って「かつて好きだったこと」であって、今やりたいことじゃないのよね、どちらかというと「やるべきこと」。いつまで続くかな・・・***
悩みはつきない。

ああ、だから、私は、ニンゲンなんだなって思う。

ニンゲンとして生きていく覚悟、みたいなのが、やっと生まれつつある。

第一章の終わり。

敷かれているはずのレールを探す(みつからない!)人生から、開拓する人生へ。

結局、「能力」じゃなくて、「人間性」を磨くために生まれてる。

炊事洗濯ができないとか、ちゃんとしゃべれないとか、ほとんど関係ないから。

その事実をどう捉え、考え、どうこれから行動してくかっていうことが重要だから。

   

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