人並みはあきらめようかな(まだあきらめてなかったのかw)
やりたいことを、他人の評価とか考えずにやることにする。(ってずっと言ってるじゃん!)
今日から、NHKのラジオ講座の新年度。懲りずに再スタート。月水金の放送からまた毎日の放送に変わるらしく、本当にうれしい。やはり、ラジオ講座は毎日じゃなきゃ。
こういうのって、フラワーエッセンスと同じで人に言えない(何か後ろめたい)趣味。人って努力してることって言わないものなんでしょう?(というのが私の学んだ”常識”)でも本当は、子供の頃でも私の唯一といってもいい楽しみだったわけで、そういうの好きな人がいても、許されていいんじゃない?
私も、分かりやすい「エンターテインメント」に興味を持ちたかった・・・けど無理だった。無理して興味ない映画を見たとするでしょう?人と話してて、その映画が話題に出ました。映画見てなければその話には入っていけない。でも、仮に見たことあっても、涙ながらに感動をシェアする人の前で「早く終わらないかなーと思ってた」なんて言えないから、結局意味ないのよ。
だから、人がなんて言おうが、自分が好きなことを趣味だって言いきってオープンにしてもいいんじゃない?何を好きなのかわからない謎の人でいるよりも。
***ただ、ラジオ講座って「かつて好きだったこと」であって、今やりたいことじゃないのよね、どちらかというと「やるべきこと」。いつまで続くかな・・・***
やりたいことを、他人の評価とか考えずにやることにする。(ってずっと言ってるじゃん!)
今日から、NHKのラジオ講座の新年度。懲りずに再スタート。月水金の放送からまた毎日の放送に変わるらしく、本当にうれしい。やはり、ラジオ講座は毎日じゃなきゃ。
こういうのって、フラワーエッセンスと同じで人に言えない(何か後ろめたい)趣味。人って努力してることって言わないものなんでしょう?(というのが私の学んだ”常識”)でも本当は、子供の頃でも私の唯一といってもいい楽しみだったわけで、そういうの好きな人がいても、許されていいんじゃない?
私も、分かりやすい「エンターテインメント」に興味を持ちたかった・・・けど無理だった。無理して興味ない映画を見たとするでしょう?人と話してて、その映画が話題に出ました。映画見てなければその話には入っていけない。でも、仮に見たことあっても、涙ながらに感動をシェアする人の前で「早く終わらないかなーと思ってた」なんて言えないから、結局意味ないのよ。
だから、人がなんて言おうが、自分が好きなことを趣味だって言いきってオープンにしてもいいんじゃない?何を好きなのかわからない謎の人でいるよりも。
***ただ、ラジオ講座って「かつて好きだったこと」であって、今やりたいことじゃないのよね、どちらかというと「やるべきこと」。いつまで続くかな・・・***
悩みはつきない。
ああ、だから、私は、ニンゲンなんだなって思う。
ニンゲンとして生きていく覚悟、みたいなのが、やっと生まれつつある。
第一章の終わり。
敷かれているはずのレールを探す(みつからない!)人生から、開拓する人生へ。
結局、「能力」じゃなくて、「人間性」を磨くために生まれてる。
炊事洗濯ができないとか、ちゃんとしゃべれないとか、ほとんど関係ないから。
その事実をどう捉え、考え、どうこれから行動してくかっていうことが重要だから。
ああ、だから、私は、ニンゲンなんだなって思う。
ニンゲンとして生きていく覚悟、みたいなのが、やっと生まれつつある。
第一章の終わり。
敷かれているはずのレールを探す(みつからない!)人生から、開拓する人生へ。
結局、「能力」じゃなくて、「人間性」を磨くために生まれてる。
炊事洗濯ができないとか、ちゃんとしゃべれないとか、ほとんど関係ないから。
その事実をどう捉え、考え、どうこれから行動してくかっていうことが重要だから。
1個前の記事は、書いてたときから違和感があって、時間が経つにつれ、あー、嘘書いた、嘘書いた、って後味悪くなってきた。今日はその補足。
スターチッスルを読んで、「わたしのことだ!」って思ったのは、他人の都合で自分のお金が減るのは嫌!っていう心の狭さと共鳴したからだった。
わたし、記念日が苦手だ。誕生日がなぜ嬉しいのか、なぜお祝いすべきなのか、いまいち分からない。いや、自分がもらえるなら遠慮なくもらうけど。ほしいものならね。だから、サプライズプレゼントなんていらない。喜べないことで、傷つけたことがある。
彼がほしいものを買って、彼が喜んでくれるなら、それはとても嬉しいことだと思う。あげたいと思う。でも、彼が自分でそれを買っても同じくらい嬉しいなら、自分で買えばいいじゃない?って思う。
それは彼を大切に思わないってことではなく(結果的にはそうかもしれないけど)、すべてにおいて、モノ、カネが自分から出て行くときに、不安を覚えるということ。
その割りに、お金を出すことで「何か」を手に入れたい、手に入れられるはず、っていう気持ちは強くて、必要だと思えば、「湯水のように」お金を遣う。。節約はしない。だって、足りないってことを再確認するようで、もっと不安になるから。カードを使うのも、お金をおろすのが面倒くさいってう以上に、現金が出ていくときの不安と直面したくないから。
スターチッスル:
スターチッスルを読んで、「わたしのことだ!」って思ったのは、他人の都合で自分のお金が減るのは嫌!っていう心の狭さと共鳴したからだった。
わたし、記念日が苦手だ。誕生日がなぜ嬉しいのか、なぜお祝いすべきなのか、いまいち分からない。いや、自分がもらえるなら遠慮なくもらうけど。ほしいものならね。だから、サプライズプレゼントなんていらない。喜べないことで、傷つけたことがある。
彼がほしいものを買って、彼が喜んでくれるなら、それはとても嬉しいことだと思う。あげたいと思う。でも、彼が自分でそれを買っても同じくらい嬉しいなら、自分で買えばいいじゃない?って思う。
それは彼を大切に思わないってことではなく(結果的にはそうかもしれないけど)、すべてにおいて、モノ、カネが自分から出て行くときに、不安を覚えるということ。
その割りに、お金を出すことで「何か」を手に入れたい、手に入れられるはず、っていう気持ちは強くて、必要だと思えば、「湯水のように」お金を遣う。。節約はしない。だって、足りないってことを再確認するようで、もっと不安になるから。カードを使うのも、お金をおろすのが面倒くさいってう以上に、現金が出ていくときの不安と直面したくないから。
スターチッスル:
魂の奥深いところで寛容さ、分かち合いの心に欠けていると感じる人に効果を発揮するエッセンスです。深いレベルでの「欠乏に対する恐れ」「十分でない」という感情が隠されており、これは母親との愛情に深い関連があるもので、その不足の思いを補うために物質的なものを追い求めそこに安心感を得ようとする傾向が生じるようです。(後略)
昨日ジムのサウナに合計30分も入ることになったのは、ある人に結構厳しい指摘を受けたからだった。私は、厳しい指摘を受けること自体は歓迎する方なんだけど(だってそれがないと進歩できないもん!)、つい先週、びっくりするくらい親切にしてくださった方が、一転、冷水を浴びせかけるような理不尽な非難をしてきたから、また別の意味でびっくりして、その言葉が頭から消えなかった。
今日、そのことをちらっと先輩に話したら(というよりも先輩から聞き出してくれた)、あの人は躁鬱病だから、薬も飲んでるらしいからって。え。私と同じ病ですか。単なる噂らしいけど。。。。。。ものすごく複雑な気分だった。
気分の問題なら、人格とは関係ないからな、ってのは思う。
でも、仕事の場でそれをコントロールできないのは、どうかと思う。
とはいえ、私自身も、コントロールできてないじゃないか、と思う。
だからこそ病気なんだもんな、と思う。
私は、主治医にも躁がほとんど目立たない躁鬱って言われてて、逆に軽躁状態に保つのを治療目標にしてたくらいだから、人に迷惑をかけないタイプなのだ・・・・・・だから、人に気づかれないのか?いや、気づかれてるのか?ま、どっちでもいいか、と思う。
そして、気づかれてても、仕事自体ができれば、会社内のポジションは保てるのか・・・ということを救いに思う。
今日、そのことをちらっと先輩に話したら(というよりも先輩から聞き出してくれた)、あの人は躁鬱病だから、薬も飲んでるらしいからって。え。私と同じ病ですか。単なる噂らしいけど。。。。。。ものすごく複雑な気分だった。
気分の問題なら、人格とは関係ないからな、ってのは思う。
でも、仕事の場でそれをコントロールできないのは、どうかと思う。
とはいえ、私自身も、コントロールできてないじゃないか、と思う。
だからこそ病気なんだもんな、と思う。
私は、主治医にも躁がほとんど目立たない躁鬱って言われてて、逆に軽躁状態に保つのを治療目標にしてたくらいだから、人に迷惑をかけないタイプなのだ・・・・・・だから、人に気づかれないのか?いや、気づかれてるのか?ま、どっちでもいいか、と思う。
そして、気づかれてても、仕事自体ができれば、会社内のポジションは保てるのか・・・ということを救いに思う。
「天国からの手紙」を見た。こういう番組は苦手。ラジオの「幸せのレッスン」でも、「天国への手紙」っていうコーナーが始まると、つい本を読み始めちゃったりする。
苦手なのは、いまだに人が死ぬことがなぜ悲しいのか分からないから。私には理解できない嘆き、深い悲しみ、慕情の生々しい吐露に、正直辟易してしまう。話についていけず、劣等感に近いものを感じてしまうのもある。
私は心が凍ってるだろう、って思う。冷酷なのかもしれない。この人が死んだら生きていけないなんて、思ったことない。人にも物にも、この地球自体にもそんな愛着ない。私自身が、できることなら、今生きていたくないんだから。(だから今FESのシューティング・スターが入ったブレンドを飲んでるわけなんだけど。)
にもかかわらず、今日の番組の最後の手紙では号泣してしまった。手紙の書き手である「お母さん」の言葉には力があって、愛があった。私が一度も経験したことのないものだと思った。まぶしすぎた。絆がある家族っていうのは、こうものなのかって。
生きる気力、かなり出てきたと思ってたけど、こういう人を見てしまうと、いかに自分が現世に根を張っていないか、ということを実感してしまう。子どもほしい、家庭築きたいなんて、まったく思えないもんな・・・
家族はかけがえのないものだなんて言葉、空々しい。順調にいってるフリをし続けないと認めてくれない家族なんかいない方が楽になれる、って思う。でも、こういう家に生まれたのが自分の課題なんだからしょうがない。
そもそも私がいくら親なんか邪魔だと思ってもどうしようもない。だって、実家を出て10年経った今でも、母が幼い頃に刷り込んだ影響から逃れられないでもがいているというのに。母が死んだからといって、その影響から自由になれるはずがない。逆に、ずっと影響から逃れられなくなるかも。相手が死んじゃったら新しい進展はそうそうないだろうから。(そういう意味で、私怨で殺人を計画する人間の考えが、まったく理解できない。)
父母がまだ現世にいるってことは、心が通い合う体験をこれからする余地があるってことなんだよね・・・・・・と、今月末の帰省を前にして、「頭で」考えてみる。
苦手なのは、いまだに人が死ぬことがなぜ悲しいのか分からないから。私には理解できない嘆き、深い悲しみ、慕情の生々しい吐露に、正直辟易してしまう。話についていけず、劣等感に近いものを感じてしまうのもある。
私は心が凍ってるだろう、って思う。冷酷なのかもしれない。この人が死んだら生きていけないなんて、思ったことない。人にも物にも、この地球自体にもそんな愛着ない。私自身が、できることなら、今生きていたくないんだから。(だから今FESのシューティング・スターが入ったブレンドを飲んでるわけなんだけど。)
にもかかわらず、今日の番組の最後の手紙では号泣してしまった。手紙の書き手である「お母さん」の言葉には力があって、愛があった。私が一度も経験したことのないものだと思った。まぶしすぎた。絆がある家族っていうのは、こうものなのかって。
生きる気力、かなり出てきたと思ってたけど、こういう人を見てしまうと、いかに自分が現世に根を張っていないか、ということを実感してしまう。子どもほしい、家庭築きたいなんて、まったく思えないもんな・・・
家族はかけがえのないものだなんて言葉、空々しい。順調にいってるフリをし続けないと認めてくれない家族なんかいない方が楽になれる、って思う。でも、こういう家に生まれたのが自分の課題なんだからしょうがない。
そもそも私がいくら親なんか邪魔だと思ってもどうしようもない。だって、実家を出て10年経った今でも、母が幼い頃に刷り込んだ影響から逃れられないでもがいているというのに。母が死んだからといって、その影響から自由になれるはずがない。逆に、ずっと影響から逃れられなくなるかも。相手が死んじゃったら新しい進展はそうそうないだろうから。(そういう意味で、私怨で殺人を計画する人間の考えが、まったく理解できない。)
父母がまだ現世にいるってことは、心が通い合う体験をこれからする余地があるってことなんだよね・・・・・・と、今月末の帰省を前にして、「頭で」考えてみる。
同じような仕事内容でも、正社員としての仕事のほうが、圧倒的に密度は濃い。責任がかかってくるから。派遣でいたときの半年分をこの2ヶ月半で吸収した感じ。もしわたしが人事の採用担当なら、派遣で働いてた人と正社員で働いてた人、同じ期間なら、派遣での経験値を・・・×0.6くらいで割り引いて見てしまうと思う。
だとしても、1つの場所に長くいられなかったわたしにとっては、派遣って制度は本当にありがたかった。そして、たとえかけた労力の0.6だとしても、0じゃない。少しずつ経験値が貯まってた。
派遣に限らず、どんなことでも、今までやったことは無駄になってない。あまり行けなかった大学も、1年も行けずにやめた会社も、何年ものひきこもり期間も。
なんといっても、今、なんだか変な自信がついてるのは、直近のひきこもり期間に、「心」について真剣に考えたおかげ。
世間とうまく折り合って生きてきた人は、そんな風に考えることがない(or そんなヒマはない)からか、私からすると、ちょっと滑稽だったりする。(「鈍感力」に感銘をうけるとかw)
世間の波をうまく乗りこなす人が、自分よりも優れていて偉いんだ、とずっと思いこんでいたけれど、回り道でしか到達できない境地があるんだな、と、今いるルートを結構気に入っていたりする。
だとしても、1つの場所に長くいられなかったわたしにとっては、派遣って制度は本当にありがたかった。そして、たとえかけた労力の0.6だとしても、0じゃない。少しずつ経験値が貯まってた。
派遣に限らず、どんなことでも、今までやったことは無駄になってない。あまり行けなかった大学も、1年も行けずにやめた会社も、何年ものひきこもり期間も。
なんといっても、今、なんだか変な自信がついてるのは、直近のひきこもり期間に、「心」について真剣に考えたおかげ。
世間とうまく折り合って生きてきた人は、そんな風に考えることがない(or そんなヒマはない)からか、私からすると、ちょっと滑稽だったりする。(「鈍感力」に感銘をうけるとかw)
世間の波をうまく乗りこなす人が、自分よりも優れていて偉いんだ、とずっと思いこんでいたけれど、回り道でしか到達できない境地があるんだな、と、今いるルートを結構気に入っていたりする。
「鈍感力」以来、働いてても本読む時間くらいいくらでも作れるじゃん、って気づいちゃった。
最近珍しく小説ばかり読んでる。今は「西の善き魔女」というファンタジー小説の4巻に入ったところ。時々ゾーッとするようなライトノベル臭さが鼻につき、はまれないことが分かっているのに、惰性でこのまま最終巻まで行ってしまいそう。完全に逃避行動だ。
読んでる間、忘れられる、現実を、生きているということを。まるで小学校の頃の再現。「放課」っていう時間が怖くて、本の虫になって、自分を守った。半分物語の世界の中に生きてたあの頃。死ねないかわりに、仮想世界に逃げ込む行動、8才の頃とまったく変わらない。(20年も経ったとはとても信じられない!)
中学校以降、小説を読むことを避けていたけど、今にして思えば、小学校時代に名作っていわれる小説を片っ端から読みあさったおかげで、私の語学力の基礎ができ、そのおかげで今なんとかご飯を食べられているわけで。逃避行動といえど、現実世界であることには変わりなく、容赦なくその責任が、良くも悪くも、未来の私にのし掛かる、と。
最近珍しく小説ばかり読んでる。今は「西の善き魔女」というファンタジー小説の4巻に入ったところ。時々ゾーッとするようなライトノベル臭さが鼻につき、はまれないことが分かっているのに、惰性でこのまま最終巻まで行ってしまいそう。完全に逃避行動だ。
発売元: 中央公論新社
読んでる間、忘れられる、現実を、生きているということを。まるで小学校の頃の再現。「放課」っていう時間が怖くて、本の虫になって、自分を守った。半分物語の世界の中に生きてたあの頃。死ねないかわりに、仮想世界に逃げ込む行動、8才の頃とまったく変わらない。(20年も経ったとはとても信じられない!)
中学校以降、小説を読むことを避けていたけど、今にして思えば、小学校時代に名作っていわれる小説を片っ端から読みあさったおかげで、私の語学力の基礎ができ、そのおかげで今なんとかご飯を食べられているわけで。逃避行動といえど、現実世界であることには変わりなく、容赦なくその責任が、良くも悪くも、未来の私にのし掛かる、と。



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